たった1記事で病院経営の理不尽な経営、雇用形態の実態を解明する

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病院内を掃除する委託職員。

医療を支えているのは、医師や看護師だけではない。現場では、医師らによる医療・治療行為を中核を意味する「コア業務」と呼ぶのに対して、警備業務などを「ノンコア業務」という。

ノンコア業務は「周辺業務」ともいわれ、警備だけでなく、医療事務、清掃、調理、施設管理、検体検査、電話交換などさまざまな仕事がある。

病院は、経費削減のため、多くの周辺業務が、驚くほど安い委託料で外部委託されている。

こうした委託先の働き手のほとんどは、半年や一年ごとの契約更新を繰り返す、請負や派遣の労働者だ。いまや、コア業務以外のほとんどが、こうした「低価格」の非正規労働者によって支えられているといっても過言ではない。

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なかでも、赤字に苦しむ自治体病院にとって、周辺業務のアウトソーシングは、独立行政法人化や指定管理者制度の導入などの経営形態の見直しとともに、「経営改革」の二本柱になっている。

損益率(法人の例)

損益率は、一般病院および一般診療所で法人、個人ともに低下。精神科病院は低位横ばい。

病院の損益率のグラフ。

一般病院の費用構成

給与費率が上昇し、損益率が低下している。

一般病院の費用構成図。

参考:第20回中医協医療経済実態調査 厚生労働省

昨今の極端な公務員バッシングによる、「随意契約=予算の無駄遣い」との世論に押され、一般競争入札が主流となったことも、請負会社間のダンピング競争に拍車をかけた。

病院請負会社の関係者からは、こんな愚痴を数多く耳にした。

「自治体病院の仕事を請け負うことは、業界では信頼や実績の証にもなりますから、以前は多少無理を言われても、赤字覚悟で契約したものです。でも、ここまで足元を見られては、こっちがつぶれてしまう。民間よりは公立病院、なかでも(二〇〇四年に独立行政法人化した)国立病院機構がひどい」

「あまり安く買い叩かれると、業務の質が低下します。最近はこれではきちんとした仕事ができないと、自治体病院の入札から撤退していく同業者もいます。いまや、病院の周辺業務は『安かろう、悪かろう』の時代です」

生命や健康を守るはずの医療の現場でワーキングプアが大量に生み出されている。医師や看護師に比べると、まだその実態が知られていない、周辺労働の現場を歩いてみた。

医療事務の給料は年収200万円以下

「教えちゃ、辞められ、教えちゃ、辞められ。ここはまるで『養成所』です」

あきらめ顔で話すのは、大阪府内の自治体病院で医療事務を担うAさん(五59歳、仮名)。

レセプト(診療報酬明細書)作成から受付、会計処理、新人教育まであらゆる業務をこなす勤続25年のベテランだが、仕事を教えた新人たちが3年ともたず、辞めていくのだという。

ひどいときは職場の半数以上を勤続1~2年の新人が占めた時期もあった。

医療事務の仕事のなかでも、とくにレセプトの作成、点検は専門的な知識と経験が求められ、一人前になるまでに3年はかかるといわれる。診断名は正しいか、処置から検査、診断までの流れに整合性はあるか、健康保険証番号など患者情報は正しいか、請求漏れはないか。

彼女たちが誤りを見つけることで、数十万円規模の損失を防ぐこともある重要な仕事だ。

ところが、Aさんの周辺では、ようやく戦力になったと思った矢先の職員が次々と辞めていく事態が続いているという。

安い給料の医療事務定着率の異常に悪い

レセプト請求の締め切りがある月初めは、連日深夜までの残業があるが、そうした残業代を含めても給料の毎月の手取りは10数万円。

Aさんが加入する労働組合が、請負会社の正社員として働く組合員を対象に調べたところ、8割が「年収200万円以下」だったという。

「若い子たちに『これでは生活できない』と言われては、引きとめようがありません。仕事ができる子ほど辞めていきます。待遇が比較的ましだと言われている民間病院に移っていくケースが多いようです」

そう話すAさんの待遇も「右肩下がり」の連続だった。もともとは自治体による直接雇用の非常勤職員で、時給は925円だった。ところが、1990年代後半、経営効率化のために医療事務が外部委託されると、彼女は業務を受託した会社への転籍を余儀なくされたうえ、時給は825円へとダウン。

昇給は一度もはない

Aさんが医療事務の給料が低いことの原因のひとつとして指摘するのは、ニチイ学館や日本医療事務センター(NIC、ニツク)など医療事務請負の業界大手といわれる企業が顧客である病院の言いなりになって、不当に低い委託料での契約に応じていることだという。

ニチイ学館。

参考:ニチイ学館 新卒採用

ニテイとニックを合わせた業界シェアは9割近いとされ、両社の委託料はそのまま業界の賃金相場となってしまう。

「私たちが請負会社を通して病院に賃上げを求めても『ニチイさんだったら、いくらでやってくれる』と言われておしまいです。契約打ち切りをちらつかされては引き下がるしかありません。業界を代表する会社なんだから、せめて私たちが一人暮らしできるくらいのお給料がもらえるよう、もうちょっと声を上げてもらわないと……」

医療事務最大手ニチイ学館の実態

業界の賃金相場を押し下げていると名指しされたニチイ学館だが、請負業務の受託に加え、スタッフを養成する医療事務講座も主催する業界最大手でもある。

ニチイの企業情報サイト。

参考:ニチイの企業情報サイト

福島県の自治体病院で働いていたYさん(39歳、仮名)は同社の医療事務スタッフとして10年間働いたが、最近になって「失業」したという。

給料は、月給制で基本給6万500円、時間外手当てや能力給が加わって毎月の手取りはようやく13万円程度になった。

「私のように独身で親と同居していなければ、とても生活することはできませんでした」

失業のきっかけは、毎日1~2時間のサービス残業が常態化していることに対して声を上げたことだったという。待遇の悪さから、多くのスタッフが数年で辞めてしまうなか、Yさんは「フロントマネージャー」と呼ばれるリーダーに次ぐ立場。

私は、去年の4月までニチイ学館の委託先の病院で医療事務員として10年働いていました。時給も少なく、キャリアアップ制度を利用しても時給が10円くらいしかあがりませんでした。4年目に月給者になり少ないボーナスも 貰えるようにはなりました。そして10年過ぎようとしていたころに正社員登用試験があるというので、思い切ってチャレンジしました。正社員になればキャリアアップ制度と違い昇給があると言っていたので。しかし結果は不合格…。何が駄目なのか理由を会社にも聞きましたが教えてくれませんでした。何度でも受けれるのでと言われましたが、10年も頑張ったのに納得ができませんでした。そんな矢先に他の病院から委託ではなく直接雇用として働かないかと声をかけていただいたので、今はその病院で働いてます。お給料も以前より良くなりました。今は辞めてよかったと思ってます。そして、そのニチイは今も求人を出しておりその内容には正社員登用制度ありと書いていました…10年働いた人を正社員にしなかったのに新しく入れる人には美味しいように見せかけているのでしょうか…求人を見ておかしいと思うのは私だけでしょうか? 知恵袋

ニチイの契約更新は1年ごとに

非正規社員ではあったが、ベテランだという自負もあり、低賃金はともかく、サービス残業は納得できないと、前々から思っていた不満をマネージャーに訴えたのだ。

ところが、結果は「文句があるんだったら、辞めれば」と冷たくあしらわれただけだった。

その後は、ことあるごとに「職場の”和”を乱す」と言われ、1年に1度、海外旅行のために休暇を取っていたことまで突然、問題視されるようになったという。

しばらくして、診療所への「異動」が決定。そこは残業が少なかったため、月収は3万~4万円減った。最後は診療所もクビ。自宅待機の後、次に紹介されたのは自宅から片道60キロ離れた病院だった。

とても、通勤できないと伝えると、「次の勤め先はありません」と通告された。

Yさんはこう憤る。

「自治体病院には若い子が次々に配属されていましたから、勤め先がないなんて理由は嘘です。私が煙たがられたのは、長く勤めているうちに、モノ言うスタッフになってしまったからです。ニチイは養成講座もやっていて代わりのスタッフはいくらでもいますから、権利を主張するような古株は辞めさせて、従順な新人をどんどん、送り込んだほうが都合がいいんですよ」

千葉県内の自治体病院に勤めるMさん(30歳、仮名)は離婚してシングルマザーになったのを機に、ニチイ学館の医療事務講座で資格を取った。現在、給与は時給制で、時給は880円。

ちなみに、医療事務の資格とは、看護師などと違って国家資格ではない。「二級メディカルクラーク」「医科医療事務管理士」などさまざまな呼称があるが、いずれも養成講座を主催する会社や財団法人が独自に認定したものにすぎない。

「資格さえ取れば正社員として自立できると思っていたので、トータルで20万円近くかけて講座を受けたのに、まさか、給料がこれほど安いとは……。職場にはニチイ以外の請負会社もスタッフさんもいて、会社からは別の会社のスタッフとは給与の話はしないように言われているのですが、情報交換してみたら、どうもニチイの給与が一番、安いようです」

Mさんには給与以外にもうひとつ気になることがある。それは、職場で席を並べる医事課や庶務課の自治体職員との格差だ。給与は3分の1以下、ボーナスや退職金がないのは言うまでもない。

事務用品代や深夜残業で帰宅するときのタクシー代は、自治体職員には支給されるが、彼女たちは原則自腹。以前、院内で結核が発生したとき、自治体職員は検査を受けたが、請負スタッフヘのケアは何もなかった。

「スタッフの中には、年末年始や5月の連体にも出勤したり、子どもの卒業式に出られなかったりした人もいます。残業がある日は、私たちのほうが帰りが遅くなることだってあるのに、待遇に差がありすぎます。それなのに、患者さんからは『公務員のくせに』『高い給料もらってるんだろう』と怒られたりして。これでは、踏んだりけったりです」

ニチイ学館本社で配属を担当する正社員からアドバイスを受けた

「確かに、ニチイの待遇はよいとは言えません。でも、業界では、ニチイで働いていた経験はキャリアになります。ウチはより待遇のいい民間病院などに移るためのステップだと割り切ってくれればいいんです」

シングルマザーのマリコさんは時給880円では到底、家族を養うことはできない。できるだけ早く別の病院に転職しよう、そう心に決めたという。

これに対して、ニチイ学館広報部広報課の飯田祥一課長は

「短期間で辞めてもらったほうがいいとか、ニチイは次へのステップなどということは、ありえません。」

ときっぱりと否定する。

ニチイ学館「決算短信」。

参考:グラフでわかる企業財務分析グラフでわかる企業財務分析

そのうえで、

「私たちもスタッフの給与水準が十分だとは思っていません。ですから、病院側とは毎回、契約料(委託料)の値上げを交渉します。値上げを求めるからには、私たちも質の高いサービスを提供する必要がありますから、そのためにも経験を積んだベテランスタッフはむしろ必要なんです」と説明する。

サービス残業については「あってはならないこと。ただ、すべての職場の実態についてまで把握できているわけではない」という。

同社によると、同社の医療事務スタッフは約5万人で、このうち、雇用期間の定めのない正社員は5%、月給制の常勤スタッフは19%、時間給制の非常勤スタッフは76%。

常勤、非常勤ともに、一年ごとに契約を更新する非正規労働者だ

受託先の9割が自治体立などの公的病院だという。

また、ユニオンショップ制度の下、全スタッフが加入するニチイ学館労働組合によると、非常勤スタッフの平均勤続年数は32年。一部の非常勤スタッフが常勤スタッフに移行する際は、いったん退職扱いになるので、「実際の動続年数はもう少し長いはず」(同組合)だという。

外部委託の労働条件の悪化が招くミスやトラブル

病院による周辺業務の外部委託が本格化したのは、1990年代に入ってからだといわれる。

医療費削減や自治体からの繰り入れ圧縮などで経営難に直面した病院が、経営改善や効率化の名目の下、真っ先に切り捨てたのが周辺労働だったというわけだ。

外部委託される以前、警備や清掃業務などは病院が直接雇用した非正規労働者が従事する形態が主流だったのに対し、医療事務はもともとは自治体職員である公務員や病院の正規職員が担ってきた。

余談になるが、専門に特化したデスクワークである医療事務は、公務員にとっては不人気な異動先のひとつだったとも言われる。

自治体病院にとって、医療事務の外部委託は、不人気ポストの廃上に加えて公務員の給与並みの人件費やボーナス、福利厚生費を一挙にカットできるなど経費削減の効果は大きかった。

外部委託は、最初は自治体病院や国立病院(現在の国立病院機構)、赤十字病院などの公的病院で進み、2000年に入ると民間病院でも同様の動きが広がった。

こうして周辺業務を担う働き手の賃金は医師や看護師に及ばないのはもちろん、同様の仕事に就いている公務員や正社員と比べても半分から3分の1に。また、委託契約が打ち切られると、即失業とう不安定な雇用環境へと様変わりした。

労働条件が悪化すると、医療事故につながる

警備業務では前述したように、多くの雑用を強いられ、肝心の施設巡回まで手が回らなくなった病院もある。

別の病院では、夜間と休日の施設管理業務を、賃金が安い高齢者ばかりの請負会社に委託したところ、電気や配管の故障に対応できず、正規の職員が急きょ呼び出される事態が続いたという。

また、給食業務を外部委託した病院では、お膳ごとに添える患者名が書かれたプレートを取り違えるミスが増えた。病院での配膳ミスは、治療やアレルギーの関係で食事制限している患者にとっては致命的な事態につながりかねない重大な医療事故だ。

このほか、ある自治体病院では、医療事務の委託先を新規業者に切り替えた際、もともとの業者が仕事を奪われた意趣返しにマニュアル類などを「企業秘密」として廃棄していくトラブルがあった。

十分な引継ぎを受けられなかった新規業者は当初、外来受付をさばききれず、順番待ちの患者の行列が正面玄関の外にまであふれ出す状態が、1ヵ月以上続いたという。

さらに、周辺業務は請負が主体だが、いずれも看護師や医師から直接指示を受ける機会も多い。

これは厳密には、違法な偽装請負に当たる。そもそもチームワークが求められ、職種間で連携を取ることが欠かせない病院という現場に、外部委託を取り入れること自体、無理があるのだ。

安易なアウトソーシングの拡大はコンプライアンスの点からも問題が大きい

火災もボヤ程度で、設備の故障も今のところ、大事には至っていない。病院での配膳ミスはいずれも看護師が直前に気がつき、事なきを得ているという。

しかし、周辺業務の労働条件の悪化が、患者サービスの質の低下を招くという負の連鎖は確実に表面化しつつある。看護師のヒヤリハットが事故へと進行するのは時間の問題でもある。

病院の清掃職員の時給は最低賃金と同じ

もう少し、周辺労働の現場の報告を続けたい。

「サラリーマンの賃上げは毎年、春やろう。でも、うちらの賃上げは毎年10月やねん。なんでか、わかるか?」

大阪市内にある自治体病院の清掃職員の休憩室を訪ねたとき、1人の女性職員からこう尋ねられた。意味がわからずにいると、周囲の女性たちが解説してくれた。

「サラリーマンは春闘。うちらは地域別最低賃金が上がる10月」

「何年働いても、お給料は最低賃金とおんなじということや」

口ぶりは明るいが、要は、彼女たちの時給はいつでも最低賃金と同じ水準で、最低賃金が上がるときに合わせて初めて時給も上がるということだ。

確かに、清掃職員の賃金はそのほかの周辺業務と比べても低く、毎月の手取りは生活保護水準をはるかに下回る。

その女性は勤続20年。夫が心臓に慢性疾患を抱えているため、家計は長年、彼女が支えてきた。2人の子どもの教育費がかかった時期の10年間ほどは、昼間は病院、夜間は飲食店というダブルワークを続けた。

掃除は看護の基本

清掃は、ナイチンゲールもその重要性を強調した看護の基本とも言ううべき環境整備の一部である。それを任せている清掃スタッフは、たとえ外部業者の所属であっても、看護職にとってまぎれもなく仕事仲間である。

次のように整理された院内清掃の主な目的を読むと、看護職をはじめとして医療従事者は、清掃スタッフと共働関係にあるべきことや密な連携の重要性が確認できる。

  • 患者に快適で安全療養環境を提供する
  • 清掃業務を適切に行うことで、治療と看護がより効果的に行われ、質の良い医療の提供の一環を担う
  • 感染経路を遮断する(手←物←手の接触感染を防止する)
  • 医療従事者や病院に携わる様々な人に安全で良好な労働環境を保障する
  • 建物の維持保全をする

(阪大病院感染制御部「感染管理マニュアル」より)

清掃スタッフは、看護上重要な情報を豊富にもっていることも忘れてはならない。各所の汚れ方や備品の劣化、ゴミの種類や量などなど清掃者だからこそ見えている日々の変化があり、また清掃スタッフだから聞くことができる患者の心情もあるのだ。

故に、清掃スタツフに看護ミーティングやカンフアレンスなどへの参加を促す、共同で清掃マニュアルを作成する、あるいは仕事仲間として積極的に会話の機会をもつなど、情報提供(感染管理認定看護師が清掃スタッフ向けに研修会)を行っている病院もある。

しかし現状では、看護職が清掃スタッフの名前を知らないばかりか、仕事はじめに会っても挨拶も交わさないという現場もあるのだ。それは、個人の認識によるだけではなく、職場教育を行う管理側の清掃スタッフヘの思想が反映されていると思われる。

コスト削減の標的が外部清掃業者になりがち

ちまたでは、インスリン投与に使用された注射針が、医療機関以外のオフイスビルやホテル、ショツピングセンター、空港などに不適切に捨て
られている頻度が高まり、清掃スタッフの針刺し事故が問題になっている。

このような事態にしても、糖尿病患者のインスリン使用の指導を行う看護業界と清掃業界の密な情報交換・連携で改善が可能なのではないだろうか。

病院の職場には、離婚を経験している人やシングルマザーが多い

「手に職もない、資格を取る金もない、でも、家族を養うためにすぐ働かなくてはならん。この職場には、そういう事情を抱えた女性も多いです。だから、賃金や待遇に対しては大声では文句を言いづらい。クビになるのが一番困るから。私はもうすぐ60歳やけど、貯金はゼロ、夫婦とも国民年金だからまだまだ働かんと。70歳すぎても同じような理由で働いている人もおりますよ。時給のことよりも、いつまで働かしてもらえるか、そっちのほうが不安です」

実際に、仕事そのものを失った事例もある。

大阪市の国家公務員共済組合連合会。大手前病院は2005年度、清掃業務の競争入札で、委託先を新規業者に切り替えた。これにより委託料は一気に4割も切り下げられたといい、従来の委託先業者の従業員で、同病院で10年以上働いてきた清掃職員14人は全員仕事を失った。

委託先業者の時給は、もともと最低賃金とほぼ同額

職員が加入する労働組合・全日本港湾労働組合関西地方建設支部の書記長で、病院側との契約交渉に当たってきた野村則男さんは「4割も委託料を下げて、新しい請負会社の清掃職員はちゃんと食っていけているんやろうか」と心配する。

14人は同支部が協力して何とか別の職場を探したが、月収が半減したり、通勤時間が長くなったりと、さまざまな不利益を余儀なくされたという。

給与は「人件費」ではなく「物品費」

埼玉県内のある自治体病院では、電話交換業務が外部委託されて久しい。

職場は病棟最上階に近いフロアの六畳ほどの一室。室内からの眺めはいいが、仕事中はインカムを付けた女性交換手がひたすら専用端末と向き合い、外線と内線の対応や患者の呼び出し業務に追われる。

ある交換手(58歳)によると、最近は患者の権利意識が高まり、病院側も二言目には「接遇の向上」と言ってくるため、電話対応一件当たりにかかる時間が長くなった。

月収は約19万円。加入している労働組合のおかげで、賃金の面では比較的恵まれていることは知っている。悩みは、業務量が増えているにもかかわらず、人員を増やしてもらえないことだという。

職場は彼女を含む正社員が4人、パートが3人。やりくりするにはぎりぎりの人員で、急病や急用による突発的な休みはまず取れない。彼女自身、40度の熱を出した時も出勤した。

胃腸にくる風邪で、その日は、ひざに抱えたゴミ箱に嘔吐しながら、電話を取り続けたという。

「この先も、このペースで働く体力があるか、自信がありません。あと1人でいいから増やしてほしいと訴え続けているんですけど、なかなか対応してもらえません」

大阪府内にある国立病院機構で働く男性調理師(40歳)は給食業務の外部委託によって、年収が350万円から200万円以下に下がったといい、「いきなリワーキングプアの仲間入りです」とこぼす。

最近になり、自分たちの給与が病院会計上、「人件費」ではなく、「物品費」として計上されていることを知り、ショックを受けた。

「僕らは鉛筆や消しゴムと一緒ということか」給食の質も心配だという。外部委託がスタートして以来、ホウレン草やシイタケなどの野菜類のほか、コロッケや餃子といった冷凍惣菜など一部の食材の生産地や加工地が中国に切り替わった。

「(外部委託された)当時は、まだ、中国の『毒入り冷凍餃子』事件などが起きる前でしたから、請負会社の幹部が病院の担当者に『弊社は中国産を使うことで、単価を抑えているんです』としきりにアピールしていましたが、最近は誰も『中国産』とは口にしなくなりました」

この調理師によると、中国産とはいえ、今のところ、給食の味のレベルが落ちたわけではないという。「ただ、安いには、安いなりのリスクがあると思うんです。でも、入院患者はだれも食材が中国産に変わったことなど知りません。こんなふうに隠れるようにして経費を抑えることが、本当に患者サービスの向上なのかと疑間に思うことがあります」

国家資格を持つ医療専門職も外部委託の対象となっている

血液や心電図、超音波などの検査を行なう臨床検査技師。患者の身体に直接触れて血液や細胞などの検体を採取するには、臨床検査技師などの資格が必要だが、検体を機械に投入したり、試薬にかけたりする「検体検査」だけならば無資格者でもできる。

このため、検査部や検査室を廃止して、民間の請負会社に検査業務を丸投げする病院が増えているのだ。臨床検査技師の資格が、その資格がなければ特定の業務を行なってはならないとされる「業務独占資格」に当たらないことも、こうした流れに拍車をかけているという。

東京都内の公立病院に勤務していた検査技師(27歳)は検査業務の外部委託に合わせて、請負会社へと転籍した。

3年ごとの有期契約にはなるが、業務は引き続き院内で行なう「ブランチラボ方式」といわれる形態だったため、勤務場所は変わらないし、年収も現状維持を約束されたので、軽い気持ちで転籍に応じたという。

ところが、最近、新しくクレジットカードを作ろうとした時、カード会社の書類審査に落ちてしまった。理由は、職業欄で「派遣社員」に丸印を付けたことしか考えられない。

正確には、請負社員なのだが、「いずれにしても、非正規労働者が社会から信用されていないのだと思い知らされました。将来、家を買う時などにローンは組めるのか、とても心配です」

無資格のアルバイトが検査を行うため、精密さが落ちた

彼らは臨床検査技師の指示の下、検体を機械にかけ、データを集めているが、単純にみえる業務にもプロの勘が求められることがある。

「例えば、データのわずかなブレが誤差の範囲なのか、病気の兆候なのかを見極めるには、それなりの経験が必要です。以前は、僕たちがデータの微妙な異常に気づいて医師に再検査を提案してガンなどを発見することもありましたが、今のような素人による流れ作業ではそうした成果は到底期待できません」

公契約条例 千葉・野田市の試み

本来、人間の生命と健康を支えるはずの医療現場が、ワーキングプアを「大量生産」する温床になっている異常事態に歯止めをかける手立てはないのか。

公契約条例とは?国や地方自治体の事業を受託した業者に雇用される労働者に対し、地方自治体が指定した賃金の支払いを確保させることを規定している。指定される賃金は、国の最低賃金法に基づいて規定される最低賃金よりも高く設定されており、ワーキングプアに配慮した内容になっている。Wikipedia

多くの関係者が期待を込めて見守っているのが、千葉県野田市が2010年2月に施行した公契約条例だ。

公契約条例の主な目的は、国や自治体が発注する工事や委託業務に就く労働者の生活を守ることと、公共工事やサービスの質を維持することにあるとされる。

すでに、アメリカや欧州の一部の国では19世紀から20世紀にかけて、こうした主旨を反映した公契約法が制定されているが、日本では、国を含めて、野田市の公契約条例が初めての試みとなる。

野田市の公契約条例の特徴のひとつは、落札、受託業者に対し、市が独自に定めた「最低賃金」を上回る賃金を労働者に支払うことを義務づけた点。

違反した場合は契約解除ができるとの踏み込んだ条文も設けた

また、「前分」には、「国が公契約に関する法律の整備の重要性を認識し、速やかに必要な措置を講じることが不可欠」との文言を盛り込み、国に対して早急な公契約法の制定を求める姿勢を明確にした。

全国で初めての取り組みに対する注目度は高く、野田市によると、2010年8月現在、各地の自治体、議会関係者からの問い合わせは280件、視察は152件に上ったという。

条例制定の陰には、連続五期にわたって市政を担う根本崇市長の強いリーダーシップがあった。根本市長は旧建設省のOB。

条約制定のきっかけは、長引く不況と入札価格のダンピング競争に耐えかねた公共工事の下請け工事関係者から「これ以上、入札価格の低迷が続けば、後継者がいなくなる」との訴えを直接聞いたことだつたという。

条例案のたたき台を検討するなかで、根本市長自らが議会やシンポジウムなどで「官製ワーキングプアをなくす」「地方が動いて国を動かす」などの発言を繰り返し、条例制定に向けた機運を盛り上げると、2009年9月の市議会で、全会一致での条例案可決に持ち込んだ。

条例制定当初、委託業務の対象は「施設の清掃業務」など三種類で、これらの業務に従事する労働者の最低賃金を、野田市の最低賃金728円(当時)より約101円上回る時給829円と設定した。

これにより、野田市内の公共施設などで清掃業務に就いていた労働者の時給は、最低賃金水準だった730円から、ほぼ100円アップした。

さらに、その後も条例を改正。委託業務の対象を「電話交換」「警備」などに拡大したほか、最低賃金基準についても、実質的な賃上げにつながるよう、職種ごとにきめ細かく設定することにした。さらに、雇用保障についても言及。

雇用努力義務ながら、受注業者が変わった

新規業者は労働者を引き続き雇用することや、できる限り長期継続契約に努めることを求める主旨を盛り込んだ。

同市総務部の今村繁部長は「これからも改正すべき点が見つかれば、柔軟に追加していきたい」と言い、条例の効果を見ながら、今後も改良を加えていく考えを示した。

じつは、野田市でも、かつて、公共施設の電話交換業務の委託業者が変わったことで「つながらない」などの苦情が相次ぐトラブルがあったのだという。

今村部長は「現場の働き手の労働条件や雇用を守ることは、結果的に住民サービスの質を維持することにもつながります」と条例の意義を訴える。

まとめ

公契約や米国のリビング・ウェッジ(生活賃金)条例などに詳しい自治労総合公共民間局アドバイザーの小畑精武さんは、野田市が今後も公契約条例を適宜、改正していく考えを持っていることなどに対し、「小さく産んで大きく育てるという点も含め、制定の意義は大きい」と評価。

そのうえで、「自治体でできることには限界もあり、国レベルでの法整備が不可欠」と指摘する。

同様の条例は政令指定都市の神奈川県川崎市でも制定されたほか、複数数の自治体で導入が検討されている。

働く以上、誰もが不当な解雇におびえることなく、人並みに暮らせる賃金を得たいと思う。消費する側もそんな不安をまとったサービスや商品では心もとない。

それが医療であればなおさらだ。千葉県の一自治体が先鞭をつけた公契約条例は、切り崩される一方だった周辺労働の現場を立て直す特効薬となるのだろうか。

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