看護理論とは?ナイチンゲール看護定義から紐解く

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ナイチンゲール

看護理論分野を体系的にとらえ、どのような流れのなか、何に焦点を当てて構築をした理論なのか、など全体の中の位置づけを把握したうえで接するほうが、その理論のたしかな理解につながる。

また、探し求めている理論に早めにたどり着くことや、他の理論との比較や、複数の理論を統合する視点ももつことができる。

看護理論分野の全体像

看護理論の歴史

19世紀半ばのナイチンゲール『看護覚え書』のあと約100年の間があり、20世紀半ば、米国においてコロンビア大学の大学院出身のペプローやヘンダーソン、アブデラらが、次々と理論を発表し、その後の多彩な理論へとつながってゆく。

新しく発表される看護理論は、それ以前の理論のすべてがおおむね土台になっており、どの時期のものであるかは、まず確認すべき点といえる。各国において大学院が設置され、発表される理論の数が膨大になってゆく前の1980年代までの流れについては、その資料が出版物などにまとめられている。

年代別に看護理論家の著作を見てゆくと、着目しているテーマの変遷なども見えてくる。

 看護理論の範囲3つ

理論を適応する現象の幅によって、看護理論は次の3つに区分される。

  1.  広範囲理論(一般理論) 一看護全般の広い範囲における理論で、オレム、ロイ、ロジャーズの理論など。
  2.  中範囲理論¨看護のそれぞれの領域や専門性を扱った実践につながる理論で、ニューマンやレイニンガーの理論など。具体性があり抽象度が低い。
  3.  小範囲理論¨特定の看護問題を扱った理論。たとえば、背部痛のケアなど具体的な内容。

 メタバラダイムとは?

学問を体系化するための概念的枠組みのことで、看護においては、「人間」「環境」「健康」「看護」の4つの概念からメタパラダイムが成り立っているとされている。理論家別に、この4つの概念を整理・比較された資料は、理論の理解に役立つ。

最近は、理論を解釈するための理論であるメタ理論が注目されているが、その活用も看護理論の把握に役立つであろう。

また、現在、看護理論体系を教える「理論看護学」の講義は、看護大学の博士課程に設置されていることが多いが、すべての看護学生が勉強できるように看護基礎教育の出だしの部分に組み入れられれば、多くのナースが就職後も独自に看護理論をより自然に活用することになり、看護界全体に理論的体質の強化をもたらすであろう。

それが、長寿国の食や暮らしむきに根ざした日本ならではの一大看護論の開発にもつながるかもしれないのだ。

看護のメタパラダイム
メタパラダイム(metaparadigm)とは,ある専門を体系化するための概念的枠組みのことである.看護学のメタパラダイムは,4 つの中心概念,すなわち「人間」,「環境」,「健康」および「看護」である(Donaldson & Crowley, 1978).これらの概念は,次のように定義づけられている. 「人間」(human beings)は,個人,家族,コミュニティ,あるいは他のグループを含めた看護の受け手であり,身体的,精神的,社会的な存在である.
「環境」(environment)は,その人を取り巻く状況と影響を及ぼすあらゆるものをさしている.
「健康」(health)は,人間が生まれてから死に至るまでのプロセスで,受け手のよい状態をさしている。

看護理論の発展経過と現状および展望

看護理論の歴史

   1960~1969年 患者と看護師関係に焦点
 1952年  ルデガード・ベプロ  人間対人間の看護
 1955年  ヴァージエア・ヘンダーソン  看護の基本となるもの
   1960~1969年 患者と看護師関係に焦点
 1960年  フェイ・グレン・アブデラ  患者中心の看護
 1961年  アイダ・ジーン・オーラランド  看護の追及
 1962年  アーネスティン・ウィーデンパック  臨床看護の本質
 1964年  リディア・E・ホール  コア・ケア・キュアモデル
 1966年  マイラ・E ・レヴィン  4つの保全モデル
 1969年  ドロンー・ジヨンソン  行動システムモデル
   1970~ 1979年 システムヘと視点を展開
 1970年  マーサ・ E・ロジャーズ  ロジャーズ看護論
 1971年  ドロセア・E・オレム  オレム看護輪
 1971年  アイジモン・キング  目標達成理論
 1971年  ジョイス・トラペルピー  人間対人間の看護
 1974年  ペティ・ニューマン  ヘルスケア・システムモデル
 1976年  シスター・カリスタ・ロイ  ロイ看護誼-適応モデル序説
 1976年  パターソンとズデラード  人間的な看護
 1978年  マデリン・レイニンガー  文化的ケア理論
 1979年  マーガレット・ニューマン 看護における理論
 1979年  ジーン・ワトソン  ワトソン看護誼–人間科学とヘルスケア
   1980~現在 モデル思考型など数多くの看護理論研究の発表
 1980年  ドロシー・ジョンソン  看護のための行動モデル
 1980年  エヴェリン・アダム  看護師であるということ
 1980年  ジョアン・リール・シスカ  象徴的相互作用論
 1981年  ローズマリー・パースィ  健康を生きる人間
 1982年  ジョイス・フィッツパトリック  人生の視点モデル
 1983年  キャスリン・パーナード  親子相互作用モデル
 1984年  バトリシア・ペナー  初心者から違人へ
臨床看護実践における卓越性とパワー
 1985年  ラモーナ・マーサー  母親役割の変遷
 1986年  マーガレット・ニューマン  母親 役割の変遅
 1983年  ヘレン・エリクソン  モデリングと役割モデリング

主な看護理論家に見る看護のメタパラダイム

看護理論家名 理論の内容 人間 環境 健康 看護
ヴァージニ
ア・ヘンダー
ソン
看護の基本と
なるもの。
14の基本的
ニードの充足
を助けること
および看護の
独自の機能に
ついて論じた
14の基本的
ニードを持ち、
必要なだけの
体力、意思力、
知識を保てば
自律していけ
る存在である。
特に定義づけ
てはもヽないも
のの、ニード
の充足に影響
を及ぼすもの
であることが
分かる。
必要なだけの
体力、意思力、
知識があれば、
自力で基本的
ニードを満た
すことができる
状態。
すべての人々
が基本的ニー
ドを充足し自
立(あるいは安
らかな死)でき
るように援助
すること。
エヴェリン・アダム 看護の概念モデル 。患者が14の基 統一体である 基本的ニードを自分で満たすめの能力の維持・回復に対する看饉師の役割を綸した 基本的ニードを持つ複雑な統一体である 特に定義づけはないが基本的にーの1つに入れている。 特に定義づけはない。 対象の体力、知識、意思を補う役割がある。
ジョイス・トラベルビー 人間対人間の看護。看護師と患者の相互作用についてのべている。 耐えず発展しながら変化していく存在である。 特に定義はないが対象の状態や人生の経験を含んでいるものと思われる。 病気がない状態。 病気の予防、まやは病気に対処するためにその人を助けることである。
キャサリン・
バーナード
親子の相互作用モデル。親子間は相互の特性によって影響される相互システムモデルである。 聴覚、視覚、触覚からの刺激から意味あるイメージをする能力をもつ。 人間の体験するすべてのものではない。 特に配慮されていない。 健康上の問題を持つ人々の反応の診断と治療である。
アイモジン・
キング
健康維持、回復のために看護師患者の相互行為を行う過程の要素を明らかにする。 環境と交流する開放システである。 特に定義づけはない。 人間のダイナ ミックな人生体験である。 看護師と患者の知党した情報を共有し合う一連の過程である。
ベティ・
ニューマン
ニューマンの
システム・モデ
ル。
健康に対する
ストレスの影薔
を扱つている
クライエント/
クライエントシ
ステム
人間は1つの
開放システムである。
ある状況における人間を取り巻く内的、外的作用。況 良好な状態あるいはシステムの安定性である。 人間、家族、集団、社会を助け、良好な状態を達成することである。

メタ理論とメタ理論を思考に取り入れる

理論には、取り扱う概念とその内容の大きさなどから、

①メタ理論←②大看護理論←③中範囲理論←④実践理論がある。

②はナイチンゲールやヘンダーソンなどの看護理論であり、③はそれらを実践につなげ、④は痛みや不安など特定現象を扱う。

①のメタ理論では、あらゆる理論に共通する日常的・基本的テーマについて共通認識。共通理解をもつために、ジャンルや質的・量的研究にとらわれないさまざまな理論や方法論を用いて一つ上のレベルからその原理、本質を解き明かしていく。

ナイチンゲール看護定義

アメリカやイギリスの大人達は偉人の生き方(いかに生きるか)への関心が高く、両国では過去から現在までの有名な人物たちの大人向け伝記が多数出版されており、書店では伝記コーナーが大きく設置されていることが多い。

読者が多ければ、一人の偉人についてさまざまな視点・脚色による個性の違う伝記が出版されることになる。ナイチンゲールについてもなかには批判的な論調の伝記が存在する。

日本では、偉人の伝記を読む大人はアメリカやイギリスに比べると多くはなく、子供時代に偉人伝を読む人が多いため、そのときに得たイメージや情報を、大人になってからも持ちつづけることになる。ナイチンゲールについてもしかりである。

偉人は、社会の中で逆風にさらされ苦境に立たされ、既成の常識や保守的な人々にふりまわされたりもしながら、結果として何かのパイオニアとなった場合が多い。

イメージとのギャップ

しかし、夢のあるおとぎ話のトーンで作られた子供向けの偉人伝では、生身の人間の部分がリアルに表現されず(表現しても子供にはまだわからないともいえる)一面的になりがちである。

そのため日本人は、たとえば、ナイチンゲールの伝記作家たちが作り出してきた神話の根拠をゆさぶる書として出版された『ナイチンゲール=神話と真実』(イギリス人のヒュー・スモール著、田中京子訳、みすず書房)を読むと、あらかじめ持っていたイメージとのギャップに衝撃を受けるのだ。

日本の看護職がとくに注目しつづけてきたのは、世界に存在する看護理論の源流となった看護にまつわる彼女の著作の数々である。それらは、問題の核心を見通し、看護の本質をとらえた内容で、科学や産業が進み大きく時代が変化した今でも、まったく腐らず、看護教育や実務にも十分に活用が可能で、さらに3.11の被災者救済・被災地復興を考える上でも示唆に富んでいる。

日本の看護職にナイチンゲールフアンが多いのは、常に「看護の本質」に迫ろうと努力する真面目さ(あるいは看護の本質を見失う不安?)が関係しているのかもしれない。

先見性や明晰さが光る彼女の思想の下支えとなったのは、うわべではない真の教養の豊かさであろう。彼女は、当時のイギリスの上流階級の中でも最も教養が必要とされたジェントリ(イギリスにおける下級地主層の総称)に生まれ、一般教養のほかに男子と同様の管理者や経営者になるための教育も受けて育ち、建築学などにも通じていた。

始まりは道徳教育

日本にナイチンゲールのシンパが多い理由近代看護の創始者とされるナイチンゲールは、日本において多くのシンパを得ている。その程度は外国のそれとは比にならないとされるが、実は日本の道徳教育が関係していた。

クリミアでの活躍から伝説化されたナイチンゲールは「時の人」となり、当時のイギリスでは誕生した女児に「フロレンス」と名付けたり、さまざまなナイチンゲール・グツズが販売されたりするほどだったという。

その熱は日本にも伝わり、1890年に彼女の伝記の翻訳本が出版され、続く1901年(明治34年)には日本人による伝記が編まれ、1903年(明治36年)には現代の「道徳」の教科書にあたる『国定修身教科書』の「親切」「博愛」等の徳目に掲載された。

この教科書は1940年(昭和15年)まで使われていたが、これがナイチンゲールに対する日本人のイメージの定着に大きく影響を与えているといえる。

ナイチンゲールから看護の学問的構造を解明した薄井坦子

ナイチンゲールが「ナイチンゲール看護師訓練学校」を開校し、『看護覚え書き』を出版した1860年は「新大看護創始元年」であり、看護の「学問としての道」の探索はここから始まる。しかし、学問的体系にまとめ上げる作業が行われるようになったのは20世紀後半になってからのことだった。

帰納法による看護の学問的構造化が活発に試みられ、1950年代ごろになると米国では記述的研究が活発に行われるようになった。ヴァージエア・ヘンダーソンやマーサ・ロジャーズなどが取り組んだが、看護学の全体像はなかなか見えてこなかった。

ケアリング

ケア=CAREの動名詞形であるケアリングは二般的には、〈世話・手当て・キュアの対義語〉などの意味を持つケアの同義語として用いられているが、看護分野では、看護の中心的価値、中心的概念として位置づけ、ケアとは区別する捉え方が主流となっている。

日本看護協会は公式ホームページの看護倫理のページで、アメリカの看護学者ワトソンの考え方とともに、次のように説明している。

「ワトソンは、ケアとケアリングを区別し、ケアは看護の具体的行為であり、ケアリングは態度(心の姿勢)であると述べている。つまり、ケアリングとは対象ニーズに応えるだけでなく、対象の立場にとつて、ある行為が対象のためになるかどうか(対象の生命や生活の質を高めたり、成長につながるか)まで判断するという看護の特性を顕著に表す概念といえる」

そもそもは、アメリカの哲学者メイャロフが1965年発表の論文「ケアの本質」の中で、そして1971年刊の同名の書籍によって、ケアリングの考え方を示したのがはじまりである。その後1980年代頃から、ァメリカの看護学者らが、それぞれにケアリングを定義している

日本では、メイャロフの『ケアの本質』(1987年刊)を皮切りに、90年代以降、ワトソン、ベナーらのケアリングを論じた邦訳本が出版された。

それは、バブルを経てそれが崩壊し、量より質的豊かさに、キュアよリケアにと一般社会の視線が移りはじめた時期で、看護職も時代に沿った看護の倫理的基盤の必要性を感じていたころであり、他者への配慮や気遣いが共通の基本理念といえるケアリング論は、日本の看護界に大きな示唆を与えたのだった。

中でも、メイャロフの『ケアの本質』が広く読まれたのは、ケアリングを原理的にとらえ、ケアの対象を人間に限定せず、「そのもの(人)がそのもの(人)になるのを手助けすること」といった考え方などが記されており、「人百万の神」という言葉があり万物とのバランスの中で生きる感覚を持つ日本人の心に響く視点であったことも関係しているのかもしれない。

問題は、『ケアの本質』やほかの学者らのケアリング論について、その断片がネツトなどで取り上げられ一人歩きした結果、看護現場で「ケアリング」が会話にのぼる際にさまざまなくい違いや誤解が生じている可能性があることである。

日本看護協会は「看護にかかわる主要な用語の解説」(2007年)の中で、ケアリング論を総括し、ケアと分けて用語解説をしている。

ケア自体を疑いなく「よきもの」とし、ケアの受け手に対して主導的にケアを思考する面がある、などケアリングの概念に対し批判的な見方もある。ケアの受け手にとまどいをもたらす可能性や労働としてのケアの輪郭がぼやけることを懸念しているのである。

看護業務基準・看護者の倫理綱領

抽象的で広い意味を持つ言葉が多い文章が、たとえば、それまではなんのひっかかりもない文字列に見えていたけれど、看護や業務上の何かに悩みつづけているときや、ふと進む方向に迷いが生じたときなどに読むと、一語一語が、がぜん心に響き、力強い説得力を持って目に飛び込んできたりするのだ。

「看護業務基準」のはじまりは、敗戦直後である。戦前。戦中の日本政府は、戦時協力要員として大量にそして早期に看護職を育成するために、養成期間の短縮や免許取得年齢の引き下げをぎりぎりまで行った。

そのため、戦後には看護教育や業務の改善が必要となり、1949年に厚生省(当時)は「国立病院療養所勤務看護婦業務指針」を制定した。時をへて日本看護協会は、看護職の責務の記述として、そして看護実践のための行動指針と実践評価のための枠組みとして1995年に「看護業務基準」を示した。

 

看護実践の基準と看護実践の組織化の基準の二段構成

2006年の改定版では、時代の変化を意識した内容〈今日的課題〉が冒頭に肉付けされ、〈看護実践の基準〉の段には「看護実践の責務」と「看護実践の専門分化」が追加された。

「看護者の倫理綱領」(2003年)は、2000年に国際看護師協会(ICN)が「国際看護師倫理綱領」(1973年)を改訂し、「ICN看護師の倫理綱領」を公表したことを受け、日本看護協会が「看護師の倫理規定」(1988年)を改訂、改題したものである。

医療技術の進歩。人々の権利意識の高まり、価値観の多様化などにより、看護職は倫理的問題に多々直面するため高い倫理性が不可欠となっており、その対応として策定された。

保健師助産師看護師法は国によって規定された看護職の規定で、正しくない行為があった場合の罰則規定も明示されている。国が「どのような行為が正しくないか」を強制力とともに示している。一方、「看護業務基準」と「看護者の倫理綱領」は、看護職能団体が「どのような行為が正しいか」を示した自主規制であり、看護専門職としての責任の範囲を看護職自らが社会に約束しているもので、罰則は定められていない。

自律から生じている宣言であり肉声であるともいえ、その声を聞きたい看護職のなに大きく響くのである。

看護職の行動指針「看護業務基準」

看護職の責務を述べ、看護実践の行動指針および実践を評価する枠組みを提示している。

2006年の改訂版では、「看護の今日的課題」「看護を行う権限と責務」、そしてこの両者を踏まえた「看護実践の基準」(「看護実践の責務」と「看護実践の専門分化」からなる)および一看護実践の組織化の基準」から構成される。

 1  人間の生命、尊厳および権利を尊重する
 2  平等に看護を提供する
 3  対象となる人々との間に信頼関係を築き、看護を提供する
 4  人々の知る権利および自己決定の権利を尊重し、擁護する
 5  守秘義務を遵守し、個人情報の保護に努め、他者と共有する場合は適切な判断を行う
 6  看護が阻害・危険にさらされている時は、人々を保護し安全を確保する
 7  自己の責任と能力を確認し、実施した看護について個人としての責任をもつ
 8 個人の責任として継続学習による能力の維持、開発に努める
 9  他の看護者および保健医療福祉関係者と協働して看護を提供する
 10 看護実践、看護管理、看護教育、看護研究の望ましい基準を設定し、実施する
 11  専門的知識・技術の創造と開発に努め、看護学の発展に寄与する
 12  看護者自身の心身の健康の保持増進に努める
 13  個人としての品行を常に高く維持する
14  環境の問題について社会と責任を共有する
15  看護の質を高めるため制度の確立に参画し、よりよい社会づ
くりに貢献する

「看護の今日的課題」では「安全で安心な医療・看護の提供」「医療技術の進歩と高度医療における倫理的諸問題」「患者の意識変化と医療への参加」をはじめとした7項目を挙げている。

その中で倫理については、2002年日本医療機能評価機構は病院評価(Ver.4.0)において倫理方針の表明や職員に対する倫理教育の評価を追加し、翌2003年日本看護協会は「看護者の倫理綱領」を公表している。

また、「看護実践の基準」では

  1. 医療行為の倫理的根拠と倫理性
  2. 対象者にとっての適切な手順
  3. 医療行為に対する反応の観察対応については、看護独自の判断を行うとし、その独自性を明示している。

業務基準は大きな組織体では定めているが、看護業務基準ほど体系だって職責と理念を明確に示しているものは稀だといわれる。しかし、看護職の間での認知度は高いといえない。

まとめ

日本において1974年(昭和49)に薄井坦子が、看護界で初めて看護の学的構造を『科学的看護論』(日本看護協会出版会)によって解き明かした。

この理論ではナイチンゲールの看護の定義によって看護学の目的論、対象論、方法論を導き出している。こうした背景をもって、日本の「看護原論」「看護概論」の教育は多くの場合、ナイチンゲールから始まるようになった。

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