看護師のコミュニケーションエラーで思いのズレが生じない対策

コミュニケーションスキルを考える場面で意外と忘れられているのが、非言語的スキルや言葉の向こうにある話し手の思いです。「目は回ほどにものを言う」という諺が語るように、非言語的スキルは時として言葉以上のメッセージを伝えることも少なくありません。

また同じ言葉でも、話し手と聞き手の関係性や言葉の背景にある思いによってまったく別の意味になってしまうことはよくあることです。こうしたサインをうっかり見逃してしまうと、コミュニケーションエラーにもなりかねません。

誤解を招いた看護師の何気ないひと言

「それは私たちの仕事ですから」

慌しい朝の検温の時間帯、本日退院予定の患者さんの病室を訪れた看護師が思わず発したひと言です。その患者さんは、退院の準備を整えた後、ベッドのシーツまで外そうとしていたのでした。その場面に遭遇した看護師が慌てて言ってしまったそのひと言は、その患者さんの激しい怒りを引き起こしたのです。

当事者の看護師は、 自分のひと言がこれほどまでに患者さんを怒らせるものだとは思えず、ただおろおろとするばかりでした。特に不適切な内容とは思えないこの言葉の向こうに、患者さんは何を感じたのでしようか? 患者さんの思いと看護師の思いとの間にズレはなかったでしょうか?

その患者さんの言い分はこうです。私はお世話になった看護師さんが少しでも楽になると思って、 よかれと思ってしたことなのに。それを「私たちの仕事です」などと言われるとは夢にも思わなかった。感謝されるならまだしも……と怒りに声を震わせながら話されました。

つまり、この患者さんは

「それは私たちの仕事ですから」

という看護師の言葉の向こうに、 自分の行動を否定されたイメージをもったようです。

実際の行動・言動 患者さんの思い ナースの思い
シーツを外そうとしている きれいにして出たい
お世話になった病院の役に立ちたい。忙しいナースを助けたい
なんでそんなことしてるの?
余計なことしないで
ナース「それは私たちの仕事
ですから」
ええ’、そんな!
感謝されると思ったのに
忙しいのにこのしなくていいのに仕事増やさないで
患者「なんだその言い方は! (感謝されるならまだしも)
あんな言い方をされる筋合いはない。
ええ’ なんで怒るの?そんあつもりでは。

患者「なんだその言い方は!!」(感謝されるならまだしも)あええ’ なんで怒るの(と激怒) んな言われ方される筋合いはそんなつもりではない!!

「そんなつもりではない」

調整にあたった師長が当事者の看護師に話を聞くと、「私はそんなつもりで言ったのではないのに」と、自分の何気ないひと言が誤解を招き、患者さんの怒りまで引き起こしてしまったことに逆にショックを受けている様子でした。

“そんなつもりではない”は、お互いの言葉がかみ合わない時に、私たちはよく用います。しかし、一度言葉として当事者から発せられると、その前後の行動や相手との関係、その場の状況次第で、いろいろな意味をもちます。この場合、言葉を発した看護師の“そんなつもり”とはどんなつもりなのでしょうか?

もちろん、患者さんの行動を否定したり、責めたりするつもりはなかったでしよう。しかし、患者さんがこの行動を取った背景にある思いが、看護師からの感謝の言葉を期待したものであったとしたらどうでしょうか? 看護師の言葉の向こうに「そんなことしなくていいのに」とか、「この忙しい時に逆に仕事を増やさないで……」といった思いを過敏に感じ取ったのかもしれません。

参考:コミュニケーション・エラーをSBARで報告
SBARで報告する

行動の背景にある思いを察する感受性

皆さんも子どもの頃にこんな経験はないでしょうか? 母親を助けようという一心で、洗濯物を取り込もうとして逆に汚してしまったり、食器洗いを手伝おうとして台所を水浸しにしてしまったことが。

そんな時

「どうして勝手にこんなことするの??お母さんがするから置いておいて」などと言われると切ないですね。きっと二度とするまいと思うでしょう。しかし「ありがとう、お手伝いしてくれようとしたのね。でももう少し大きくなってからお願いするね」

と返されるとどうでしょうか。自分自身の子育て場面では、 こうはうまくいきませんが、患者さんとのコミュニケーション場面には生かしたいところです。

では、この事例に戻ってみましょう。同じ場面で「ありがとうございます。でもそれは私たちの仕事ですから……」とまずは受容して、その後に説明やお願いの言葉を返すことができれば、これほどまでの怒りを買うことはなかったのではないでしょうか。

ただここで注意したいことは、いつも(ファーストフード店式に)こうした枕詞を使用すれば解決する問題ではないということです。最近の接遇研修等でもこうした肯定的表現が強調されています。しかし一部では「ありがとうございます」という言葉をステレオタイプに連呼さえすればいいと誤解している人もいるようです。

いちばん大切なのは、患者さんの行動の背景にあるこうした思いを察する感受性であり、それが受容の本質とも言えます。この事例でも、患者さんの思いに気づいていないからこそつい出てしまったひと言です。いくら接遇マニュアルを整備しても、その適応基準を判断すること、つまり患者さんの行動の背景にある思いへの気づきがなければ意味はありません。

感受性を高めるためにはどうしたらよいのでしょうか?

今回の事例で対応した師長自身も、当該看護師は普段から患者さんへの対応も丁寧な看護師であり、不用意に出た言葉だったのだろうと感じました。しかし、そんな看護師に対してだからこそ、ちょっとしたひと言で患者さんに不愉快な思いをさせてしまったことをいかに伝えるかが難しいと感じ、師長は悩みました。

「看護師の言葉自体が間違っているわけではない。この患者さんの怒りはある意味、理不尽にも感じる側面もある。まして朝の忙しい時期にそんな行動を取られたら、私だってつい言ってしまうかもしれない」と。

管理職としては悩ましいところです。それでもこのような事例での患者さんの思いを知り、今後への対応の教訓にするためにもチーム全体で情報共有することが大切だと判断しました。そこで病棟会では、その時の師長の思いのままを伝え、スタッフの理解を得ることができたのです。

自分が受容されている実感がなければ相手を受容できない

この事例とは逆に、当該看護師がいつも患者さんとトラブルを起こす看護師だったらどうでしょうか? 師長は同じ対応ができたでしょうか。「またあの人だ」とラベリングしてしまわないでしょうか。

チームも同じように理解できたでしょうか。コミュニケーションエラーはなくすことはできません。肝心なのは、その後の対応です。どんな看護師でも“そんなつもりではない”ひと言は出てしまいます。

自分自身が受容されていない

そんな時に、ちょっと立ち止まって相手(患者さんやご家族)の立場にたって考えること、受容できる姿勢を育成するには、 自分自身が受容される環境にいなければ難しいといえます。

自分自身が受容されていないのに、他人を受容することは至難の業でしょう。患者さんやスタッフ間のコミュニケーションエラーやトラブルを起こす人ほど、受容されていないという認識が強く悪循環に陥りがちです。

患者さん同様、看護師も多様な価値観をもつ人が増えてきています。そんな環境では今回のような「思いのずれ」は日常的に出合うことかもしれません。そんな些細な出来事でも、「師長さんはどんな対応するのだろう」とスタッフはしっかり見つめています。

「思いのずれ」は決して悪いわけではありません。ただ、その対応ひとつでスタッフは「わかってもらえた」とか「どうせ私なんか」と感じてしまうのです。だからこそ、「思いのずれ」に気づき、そして丁寧に向かい合い、 自分自身の価値観を押し付けることなくお互いの思いを確認し合う過程を大切にしていけば、スタッフの表情も変化していくのではないでしょうか。

相手の感情に耳と心を傾ける

コミュニケーションスキルの基本として、 カウンセリング技法の中でも最初に出合う技術が「傾聴」です。積極的傾聴法として講義を受けた方も多いでしよう。

この「傾聴」を通して相手を「受容」するというメッセージを送ることが効果的なコミュニケーションの第一歩となります。しかしこの技術は頭で理解していても、いざ実I:巽するとなるとなかなか難しいようです

相手の思いを耳と心できく

「聞く」と「聴く」の違いは、単に「耳」できくのではなく、「耳と心」できくという字にも表現されています。患者さんや部下の話に耳を傾ける時にあなたは何をきいているでしょうか? 言葉や事実関係ばかりに捉われて、相手の思いに耳を傾けることを忘れていませんか?

うまくコミュニケーションがとれない場合やトラブルにまで発展する事例では、多くの場合その背景にあるのは、「わかってもらえなかった」という思いです。話し手にとってみれば、切ない思い、悲しい思いや時には怒りさえ感じながら、必死の思いで話したのに、聞き手がただその言葉や事実関係の整理に追われていては、コミュニケーションとしては成立しません。

では、その「傾聴」を阻害するのは具体的にはどんな要因なのでしようか。

ある病棟での出来事をみてみましょう。その病棟では、日頃から何かとうるさいことを言ってくると有名な患者Aさんが、血相を変えて詰所にやって来ました。それをみた詰所のスタッフは、そそくさと逃げるようにその場を離れて行ってしまいました。

A(患者)「Bさん! 私の主治医を変えてください」

B(看護師)「Aさん、急にそんなことをいっても無理ですよ」

A「だいたい、C先生ではなくて、D先生に診てもらいたくてこの病院に来たのに、 どうしてC先生みたいな頼、りない医者が主治医なんですか!」

B「いえ、当院の受け持ちのシステムはですね。D先生ももちろんいっしょに診ていますけど、お忙しい先生なんで、C先生が毎日の検査とか点滴とか細かな治療の担当をしているだけでね」

A「私はどうでもいい患者だから若い医者で十分だということですね」

B「そういうわけじゃなくて……」

とここまでいくと、典型的なかみ合わない会話ともいえます。

横でみていても、Aさんの表情は険しくなる一方です。B看護師の対応のどこが問題なのでしようか。一見、医療従事者側からすると問題がないと思えるこの会話ですが・……。

こんな風にかみわない結果になってしまったのはなぜなのでしょうか?

ラベリングから始まるすれ違い

この事例のコミュニケーションの出発点は、Aさんの言葉以前にあります。

「日頃から何かとうるさい患者」とラベリングされたAさんが、血相を変えてやってきた段階からスタートです。その時あなたがBさんならどう思われますか?

「まいったなあ、 またあのAさんがクレームつけに来たかなあ……」とか、

「あ~あ、みんな逃げちゃったよ」と思って自分も逃げ出したい気持ちにならないでしようか? もしかしたら、なんとかAさんにつかまらないようにできるだけ会話を短く終わらせようという気持ちの準備さえできているのではないでしようか。

しかし、こういう思いを持った段階でAさんの怒りに気づく感受性は低くなってしまいます。もちろん看護師も人間ですから、苦手な患者さんもいるでしょう。Aさんとはできれば関わりたくない気持ちを抱いてしまうことまで否定するつもりはありません。

問題なのは、そういう自分自身の感情に蓋をしてしまい、そこから逃げてしまうことです。さらに問題なのが、「誰だってそう思っているんだから、 どこが悪いの」と開き直ることです。そうなると、Aさんの思いや感情を「聴く」ことは難しくなってしまいます。

感情と説明のすれ違い

参考:院内コミュニケーションの改善活動に関するアンケート
院内コミュニケーションの改善活動に関するアンケート調査出典:地方独立行政法人 下関市立市民病院

そして、会話の最初からAさんは感情をぶつけているのに対して、Bさん傾聴の意味 相手の感情に耳と心を傾けるは、その感情には目を向けず、言葉に反応し、説明に終始しています。

Bさんの立場からするとAさんの怒りに向き合うことは、相手の感情に巻き込まれ相手をさらに感情的にしてしまう可能性が高いため、冷静に説明に終始するほうが賢明な対応だという思いもあったのかもしれません。しかし、現実には、Bさんが冷静に説明しようとすればするほど、Aさんの怒りは収まるどころか高まる一方でした。

『思いのずれ』が招くコミュニケーションエラー」への配慮が足らなかった事例ともいえるでしょう。Aさんにとっては「わかってもらえないという思いが募る一方であったであろうこの会話をよい方向へ修正するにはどうすればよかったのでしょうか。

Aさんが発した「主治医を変えてください」という言葉を受け入れ、主治医を変えればAさんの怒りは収まったでしようか? 受容とは、Aさんの要求に同意することでしようか?

受容と同意の違いは?

今回の会話でいちばんの問題は、Aさんの感情から逃げている点です。もちろん日頃からクレームの多い患者が詰所に怒鳴り込んでくれば逃げたくなる気持ちはわかりますが、そこから逃げていても何も始まりません。まず、その怒りはどこから来るのかに目を向けることが大切です。

「主治医を変えてほしい」という訴えの背景にある怒りはどこから来るのか。そこに反応しなければ会話は成立しません。そのうえこの場合のBさんの返事は、病院内のルールを説明しているつもりでも、(事実なのかもしれませんが)Aさんにとっては「否定」と捉えられても仕方のない返事です。

ここで注意しなればならないのは「同意」と「受容」の違いです。この場面では、「同意=主治医変更」という結果になってしまいますが、それは問題をさらに複雑化しかねません。では、 どのような対応が傾聴による「受容」といえるのでしょうか。

A「主治医を変えてください」

B「主治医を変えてほしいなんて思うほど、腹の立つことがあったんですね」

A「そうなんですよ。あれほど病室では検査の説明はやめてくださいつてお願いしていたのに、 また今日も血液検査の結果を説明していったんですよ、 それも大声でですよ」

B「そうですか、血液検査の結果でも同室者のいるところで大声というのはねえ……」

A「そうでしよう! だから若い医者はデリカシーがないから嫌だって、D先生に診てほしいっていってたんですよ」

B「そうですね。C先生も忙しい中であわてて説明にこられたので配慮が足りなかった点はあるかもしれませんね。その点は私からもお詫びします。しかし、D先生もちゃんとAさんのことは診てくださっていますよ。ただ手術や外来も多いので、C先生に任せているところはありますが。そ
れも、できるだけ早く検査結果をAさんに知らせるためではないでしょうかね」

A「そうなんですか、でもやはり病室での説明はやめてほしいとC先生に伝
えてもらえますか」

B「もちろんです。また、Aさんに嫌な思いをさせてしまった今日の―件を私からD先生にも報告させていただいてよろしいですか」

A「よろしくお願いします。あとお忙しいとは思いますが、たまには病室をのぞいてくださいと」

B「承知いたしました」

A「なんだか、大声出してしまって、お騒がせしてすみません」

B「いえいえ、 こちらこそ嫌な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」

と、 まあここまでうまくはいかないでしょうが、基本的にはBさんが伝えようとしている内容は同じという点はご理解いただけるでしょうか。最初のひと言への対応の違いで、 これほど変わってしまうこともあるのです。

忙しさにかまけて、相手の感情に無頓着になり、本当の意味での「傾聴」を忘れてしまった結果、相手の怒りを助長し、 さらなる忙しさの渦に巻き込まれていませんか。そんな悪循環を断ち切るきっかけが、相手の感情に耳と心を傾けて聴くことなのです。

相手の想いに寄り添いながら

忙しい医療現場で働く看護職は、 コミュニケーションの取り方もせっかちになりがちです。言葉に詰まったり、沈黙の場面に遭遇しても、つい適当な言葉で濁してしまったり、かみ合わないと思いつつも沈黙をやり過ごすためにそのまま会話を続けてしまうことはないでしようか。

言葉に詰まってしまう場面

日常の業務における会話の中で、言葉に詰まってしまう場面にはどのような特徴があるでしょうか。

相手が患者さんやご家族の場合、患者さんの病状が思わしくなく、終末期に近い場合には、訪室して患者さんやご家族に何か声をかけても、その次の言葉が続かないことがあります。ここでは、 自分自身の無力感を感じながらも、患者さんやご家族の側に寄り添い、立ち尽くすしかない。そういう自分に向き合う勇気とエネルギーがなければ、その沈黙に耐えることはなかなかできません。

看護者として逃げ出さず、その沈黙の向こうにある様々な思いをまるごと受け入れる覚悟をもって、ただその場に居続けることで、沈黙は大きな意味をもつことになります。

一方、患者さんからのクレームの場面でも、思わず言葉に詰まってしまうことがあるようです。患者さんの激しい怒りにどう対処すればよいかわからず途方にくれる場合や、患者さんのクレームの矛先が病院の管理体制やひいては医療制度上の問題であったり、医師に対するものである場合などは、ただ黙って聞くしかない場面もあります。

沈黙場面でのノンバーバルスキルと受容の態度

しかし、沈黙場面こそ注意が必要なのがその際のノンバーバルスキル(非言語的技術)です。沈黙場面での目線、表情、相手との距離感、立ち位置(座る位等々すべてが相手との関係性に影響してきます。

クレーム対応の過程においてさらなる患者の怒りを買う原因に発展しやすいのが「私にそんなことを言ったって」とか「そんなこと言ったってそれは私のせいではない」という思いが表情に表れてしまうときです。

ムスッとした表情でただ相手のクレームを聞いていても「黙ってないでなんとか言ってみろ|」「お前じゃ埒(らち)があかない、責任者呼べ」と最悪のパターンになりかねません。

相手の怒りにどう対処すればよいか途方にくれ、その怒りの矛先が自分に向けられることは理不尽だとたとえ思ったとしても、相手は病院の職員の一人であるあなたに向かって言っているのです。酷なことかもしれませんが、その事実を冷静に受け止め、その怒りに向き合う覚悟をもって臨むことが大切なのです。

その時、「病院のシステム上は仕方ないことなのだけれど、たしかに患者さんの立場としては腹が立つだろうなあ」という思いをもって話を聴くことに努めていれば、たとえ言葉はなくとも怒りを助長することは少ないでしょう。

ある程度の時間はかかるかもしれませんが、「あなたに言っても仕方ないんだけれどね」と患者さん自身が気付いてくださる場合がほとんどです。ただ、最近は確信犯的な要求水準の高い患者さんも増えているので、クレーム対応窓口につなげることも大切です。

が、それまでにむやみに怒りを助長しないためにも、 まずは毅然とした態度で傾聴に努め、言葉はなくとも(沈黙の中で)受容していくことは有効だと思われます。

面接場面での沈黙に耐える

面接場面における沈黙はさらに重要な意味をもってきます。面接場面における基本は、まずは「傾聴」に努めることが大切です。たとえ離職希望の面接であっても、「ちよっと相談したい」と言われての面接であっても基本は同じです。

面接の中で、ひたすら傾聴に努め、その時の相手のやるせない気持ちやつらい思いを受容し、共感すればするほど言葉を失う場面がやってきます。

その時の沈黙は、自分自身の無力感と同時にいたたまれない思いが強く、つい中途半端な励ましの言葉をかけてしまいがちです。

しかし、そのつらい沈黙に耐え、何もできない自分の無力感に向かい合い、 日の前の看護師がどんな思いを抱え仕事をしてきたのか、こんなにつらい思いに至る前に自分ができることはなかったのか、 自分もこの時期は家庭と仕事の両立に悩んで同じ思いをもったなあ……等々を考えながら、その沈黙に耐えることができれば、その向沈黙の意味 相手の想いに寄り添いながらこうに新たな展開がみえてきます。

「ありがとう、真剣に話を聴いてくれて、 もうちょっと頑張ってみます」と思いとどまったA看護師。

「師長さんを困らせるつもりはなかったんですけど、 ごめんなさい、でも聴いてもらえてすっきりしました」と言ったB看護師。

「大文夫ですか? 私が辞めたら師長さんのせいにならないですか? 前から決めていたことなんですけど……」と、逆に相手への気遣いさえみせたC看護師。

これらのどの事例においても、決してこちらから助言したり、説教めいた話をしたわけでありません。ただ相手の思いを受容し、傾聴に努め、その後の沈黙に耐えた結果出てきた相談者自身の言葉です。

自分の無力感と向き合う勇気

沈黙に耐えるためには、自分の無力感と向き合う勇気が重要です。これは言葉にすると簡単なようですが、相当の勇気とエネルギーを要します。人は誰でも誰かの役に立ちたいと思って生きているものです。

ましてや、看護職や医療従事者を職業として選んだ人たちはその思いが人一倍強いものです。そんな思いを根底にもちながら、時に訪れるどうしようもない現実を受け入れることは苦しいものです。できるならば適当な言葉でその場を濁して逃げ出したい衝動に駆られることもあるでしょう。

いやむしろ、逃げだしてしまった失敗体験から目をそらさないことこそが大切なのかもしれません。そうした数多くの失敗体験を糧に、次は自分の無力感と向き合い、 日の前の相手の思いに寄り添うことしかできない自分に気づくことが、相手を理解することにつながるのかもしれません。

コミュニケーションスキルを支える信念

コミュニケーションスキルとその周辺にある問題についてお話ししてきました。ストレスマネジメントにおいて、 コミュニケーションスキルは重要です。特に最近はアサーションスキル、コーチング等の技術についての研修会もさかんです。

しかし、いくら高度な技術をもっていても、その向こうに相手の打算的な思いや保身に走る思いが透けてみえてしまうと、すべては水の泡です。特に管理職とスタッフという関係性においては、利害関係や上下関係も影響してしまい、なかなかお互いのしがらみを取り払った立場でのコミュニケーションが取りづらい背景があります。

だからこそ、中途半端な技術を身につけるよりも、基本であり、かつ奥の深い「傾聴」と「沈黙」についてとりあげ、その周辺の問題を考えてみました。

まとめ

医療現場を取り巻く状況は年々厳しくなる一方です。看護師を取り巻く人間関係もストレスフルな状況は悪化の一途かもしれません。要求水準の高い患者や家族は増える一方であり、そうした相手に対応することはもはや今の医療システムでは限界にきているとさえ感じます。

そんな場面こそ、職種や職位を超え、チーム医療を提供する理念同様に、病院内のスタッフが一九となって対応することが求められます。

しかし、部署や職位の違いから、保身に走り、お互いに壁が生じてしまっていることはないでしょうか。いちばん大切な足元での信頼関係が崩れつつある危機感を感じます。

今一度、原点に立ち返り、お互いの信頼関係を構築していくには、 コミュニケーションスキルと同時に、その技術を支えるその人の確固たる思い、信念が問われているのではないでしょうか。

今の厳しい現状を憂い、手をこまねいていても何も変わりません。時には迷い、悩みながらその信念を探しているというほうが正しいのかもしれません。

追記:「言葉の引き出し」を増やそう

コミュニケーションスキルの基本は傾聴といわれます。最近流行の「コーチング」のスキルにおいても、まずは「傾聴」が出発点です。しかし、 日標管理面接でも困った部下との面接場面でも、「傾聴だけでは時間をとられてばかりで次に進めない」といった声はよく耳にします。

対人関係においては、相手を尊重する「承認」と、それをうまく伝える「質問」の技術が要求されます。そうした技術を円滑に進めるには、あなたがしっくりくる「言葉の引き出し」を増やすことが有効です。

本来は、何度も失敗を繰り返しながら、面接の実践で「言葉の引き出し」を増やしていくしかないのですが、身近にスーパーバイズしてくれる仲間や上司がいないとなかなか難しいですね。そんなときの自分自身の振り返りのヒントとして、以下に提示する「場面別 ひとこと集」を活用してください。

場面設定は、「日常的に出合う状況だけれど、何か適当な言葉が見つからずについついそのままになってしまう場面」を想定しています。なんとなく過ぎ去ってしまう、でもちょっと気になる場面に一石を投じてみませんか?

勤務開始前の一場面

勤務開始前から熱心に情報収集しているスタッフに→「今日も早くから来て熱心ね。無理しすぎないでね」

解説:「今日も」という箇所がポイントです。いつも勤務前から熱心に情報収集していることに気づいているという「承認」のメッセージにもつながります。始業前のこうした業務は、組織によって扱い(時間外評価等)にばらつきがありますが、 まずはこうした状況に気づくことがスタート
です。あなたが管理者ならば、そうした評価の仕組みにフイードバツクする基盤にもなるでしょう。

遅刻ギリギリで飛び込むスタッフに

→ Aパターン「間に合ってよかった」
→ Bパターン「大丈夫つ ギリギリなんてあなたらしくないわね」

解説:Aパターンは、いつもぎりぎりに出勤するスタッフヘの声かけです。「またギリギリ!」と叱ることは簡単ですが、叱られると言い訳で返す結果になってしまいがちです。

Aパターンの場合、 この後の展開に要注意です。自分から反省の言葉がこの後に聞かれれば成功ですが、出てこなければ、場を変えてきちんと面接をすることも重要です。

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