バカな子供は医者に、適性のある子供は看護師に

明るく笑顔で患者の接することができる適正の合う看護師

看護師さんのお嬢さんがやはり看護師という人が目立ちます。おそらく親御さんの仕事ぶりを見て「自分も看護師になろう」と職業を選択するのでしょう。

では医者はどうでしょう?バカな子供はお互い様ですが地位に関係なく看護師は適性が重要なのです。この記事をお読みになれば、きっとアナタは看護師と医者への目線が変わり、どのように接せれば自分に都合が良いか?が理解できるはずです。

さぁ、現実の世界にレッツゴー!

娘は看護師? それとも医者?

医者は?

医者の場合、子供を医者にするケースが多いように思います。しかし医者の場合、「子供が医者になる」のではなく「子供を医者にする」。つまり親が無理やり子供を医者にする、というパターンが多いのではないでしょうか。

それは
「どんなに勉強ができなくても医学部にさえ入れれば医者になれる」
という真理があるからでしよう。
そして
「どんなに努力しないでも医者の免許があれば何とか食うに困らない」
という考えもあるからだと思います。

働き口がすぐに見つかる

女性の職業(看護師が女性の職業との表現は、看護師はすべて女性であるという意味ではなく、女性がその大半を占めているという顕著な特徴を有するという実情を考慮して用いた。)は、助産師など特殊な例を除いて、性別をもって規定される職業は存在しないとして看護師は安定していると思います。

いまどきは男女を問わず、転職や、同業種でも会社を替わることなど日常茶飯事です。社会全般に会社が潰れたり、リストラされたりと、一つの会社で一生をすごすことなどむしろまれなご時勢だといえます。そういった社会の中で看護師さんの仕事は、仕事の内容から見ても、募集している病院が多く働き口がすぐに見つかる点でも、「ずらと安定している」と言えそうです。

たとえば、引越しして知らない町に行っても、看護師としてならすぐに働き回は見つかります。給料も安定していると言えます。そんなに無茶苦茶に高給というわけではありませんが、今の時代、看護師でない一般の職業の人が転職した場合などと比べると、はるかに良い条件ではないでしょうか。

男女雇用機会均等の逆をイク看護師

男女雇用機会均等が声高に叫ばれる昨今ですが一般の平均給与は男性より女性が低賃金です。しかし、看護師ならば、男性より女性の給料が安いなどということはありません。

また、給料を単純に金額で比較するのは危険ですが、数字だけを見ると、やはりあらゆる職業をあわせた全般の給与所得者の中では、看護師さんの給料は高いほうだといえます(「忙しいんだから当たり前じゃない―」と叱られそうですが…)。まさに資格がものを言う、ということでしょうか。

平成25 年12 月24 日、男女雇用機会
均等法施行規則の一部を改正する省令等を公布しました。
この改正では、間接差別となり得る措置の範囲の見直し、性別による差別事例の追加、セクシュアルハラスメントの予防・事後対応の徹底のためのセクハラ指針の見直し、コース等別雇用管理についての指針の制定等が行われ、平成26 年7月1日より施行されます。
厚生労働省 都道府県労働局雇用均等室

大阪商人の知恵

昔の大阪の商家では、身代を息子に継がせることは絶対にありませんでした。優秀な番頭さんを娘の婿に迎え、代を譲ったというのです。そして息子はあてにせず(「ぼんち」と呼ばれていたそうだ)お金で侍の身分を買い与えるなどしてどんなバカでも勤まる仕事、つまり役人の仕事をさせたということです。

役人の仕事は「禄取り」と蔑まれました。「どんなに無能で仕事ができなくても、決まった給料がもらえる安定した仕事」であったから、ということです。「いつも緊張の中で体を張って仕事をする。浮き沈教は当然」というのがまともな「仕事」と認められたのでしょう。ところが「禄取り」はリスクもないし、一生懸命やろうが適当に手を抜こうが、毎月給料は同じだけ貰える、ということです。

こんな話が司馬遼太郎さんの短編小説『大阪侍』に載っていました。

当時の大阪の役人は身分は侍ですがもとは商家のアホ息子。「お役人様!」と声をかけると「へぇ、なんだす?」と返事をしたのでしょうか。これと医者が子供を何とか医者にしようとする気持ちは似ているように思えます。

医者も「こいつアホやから医者しかでけへんわあ」と大金をはたいて私立医大に息子を放り込むのです。「どんなに才能が無くてもやっていけるぼろい商売」としての医者。絶対安心、どんなぐうたらでもしつかりと将来の安定が約束されている仕事として子供を医者にするのです。

そんな親は私同様、実に自分がいい加減か、つくづく自覚しているといえます。

適性が必要な仕事

ところが医者の親は、子供を看護師にしようとはしないようです。看護師の立場が医者に比べて低いからでしょうか?表面上はそう見えるかもしれませんが、本当の理由はそんなことではありません。医者は看護師の仕事の大変さを知っています。つらい仕事もあります。献身的な看護をしても感謝されないままのこともあります。

看護師は真心と適性が必要

まさに縁の下の力持ち。それらは決して表に出ることはありません。本当の真心がないとできない仕事です。このような仕事をするには「適性」が必要です。オ能と素質以外に、気高い人間性が必要なのです。多くの場合、医者の子供にはそんな適性はないのでしょう。

自分も看護師になろうと努力して看護師資格を取った3人の女性看護師

医者は「おれの娘は根性ないで、あかんわ」と適性の問題で看護師にすることを諦めざるを得ないのです。『いつでも夢を』(一九六三年日活)という吉永小百合さんが出演した青春映画で下町のお医者さんの娘を演じた吉永さんが看護師になっていました。これは例外だと思います。

一方、看護師さんはどうでしょう。自分の子供が傲慢で辛抱がなく自己中心的ならば、「こんな人間性では医者にでもなってもらうしかない」と考えるかもしれません。

たいがいはそんなことはないので、「やっぱり看護師になってほしいけど…まあ本人の好きにしたらいい。看護師なんて人に言われてなるもんじゃない」などと親は達観しています。そして結果的に親の背中を見て育ってきた子供は看護師の道を選ぶのです。

もし医者になろうなどと子供がつぶやいたら

「そう…、でも医者は大変よ」と一言釘をさすことでしよう。
この「医者が大変」、という意味は、

  1. いつも看護師にバカにされ
  2. 人殺しだと遺族に追い回され
  3. 二十四時間、三百六十五日こき使われている割に給料が安い
  4. 「偉いですねえ」とおだてられて悦んでいる
  5. 世界で一番自分がかしこい、と自分だけ信じたまま生涯を閉じる

まとめ

つまり「哀れでかわいそうな奴」、という意味だと思います。そしていまどきの医者は相当にがんばっても高収入など期待できないどころか、給料はどんどん減らされていく傾向にあります。患者さんから謝礼がいただけた時代はもう音の話。

小遣い稼ぎのための当直、外来診療などのアルバイトもなかなか難しくなっているようです。さらに日本医学の権威の総本山大学病院のヘマが報道されるもんで医者全体に対する世間の目も非常に厳しくなっています。だから「医者は大変」です。

医者になるには適性はまったく問われませんが、看護師になるには適性がはっきり問われるのです。

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