看護師のストレスとは?自ら気づかないストレスセルフケア処方法

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ひと口にストレスといってもいろいろです。「ストレスなんてない」といっている人の中には、 自然と効果的なストレス対処法を身につけている人もいれば自分自身のストレスに気付いていない(気付けていない)人と様々です。

日頃は、「最近胃が痛くて」「ストレスじゃない?」と何気ない会話の中で出てくるものの……。さて、自分にとって何がストレスなのかと振り返ると答えに困ることはないでしょうか?

自らのストレスに気付かない看護師

先日「最近食べた後すぐに胃が張ってきて、お勧めの胃薬ないですか?」とある2年目のA看護師が相談にやってきました。彼女はいつも真面目すぎるほどの勤務態度で、毎日遅くまで記録に追われ、夜勤明けのときもサマリーを書いている姿が気になっていました。そこで、相談されたB師長は「サマリーなんてたまには遅れてもいいから」と助言しました。

するとA看護師が答えます。

A看護師「いえ、油断していたらすぐに転院が決まるし……」
B師長「そのときは誰かが書いてくれるよ」
A看護師「そんな……、 とんでもないですよ。みんなに迷惑かけますから」
B師長「あなたが頑張っているのはみんなよくわかっているから、たまには休んでいいのよ」
A看護師「大丈夫です、 ちゃんと体んでます」

そんな会話を横で聞いていた若い医師が「ストレスだよ、ストレスl」とちょっと茶化した感じで会話にはいってきました。それに対してA看護師は、「私ストレスは全然ないですよl 仕事も楽しいですし……」と真顔で答えたのです。その表情は、真剣そのものでした。

そのとき、本人が本気でストレスがないと思っている様子に、B師長は驚きセルフケアを感じました。実は、「最近宴席での飲み方や行動をみているとかなリストレスがたまっている様子なので気をつけてほしい」と主任から報告を受けたばかりだったのです。

看護職ストレス要因への認知の歪み

周囲の人たちが気づくくらいストレスフルな状況であっても、本人がストレスに気づかないことはよくあります。A看護師のように真面目で周囲を気遣い献身的な働きぶりの看護師にはよくみられる傾向です。彼女の言葉の向こうには、「自分のストレスを認めることはまわりを批判していることにも繋がる」という思い込みさえ感じます。そうした思い込みを修正し、 自分自身のストレスに気づくような周囲の働きかけも重要となってきます。

一方、「ストレスで胃が痛い」「ストレスで眠れない1」と口癖のように話している人もよくみかけます。その様子からはとてもストレスマネジメントがうまくいっているようには感じられません。よくよく話を聞いていると、「またAさんと夜勤がついてるわ、最悪」「これだけ苦労して退院調整したって、 どうせまた入院が……」「どうせ意見したって何も変わらないし」等々、 まわりの状況の捉え方が偏っていたり、被害者的思考が強く自らストレスをつくりだしているようにも感じられます。

「そういうあなたの話を聞く私のほうがストレスだわ」という周囲の人の声も聞こえてきそうです。しかし、 こんな人に「そうかなあ」と素朴な疑問を投げかけてみても、「何を言っているの、あなたは」と反論されそうで、なかなか言い返せないムードをもっています。そんな状況を打破する手立てはないものでしょうか?

ストレスとは? 認知的評価と問題解決的対処

こうして考えていくと、看護職のストレスの捉え方の難しさがわかってきます。この問題は、専門家の間でも議論の歴史があるほどなのです。そこで、少し堅苦しい話になりますが、ここでストレスの定義を概観してみましょう。「ストレスの定義は研究者の数だけある」とも言われていますが、大きく二つの流れがあります。

外的刺激要因に対する生体の防御反応のストレス

一つは、ハンス・セリエ(Hans Selye)に代表される直線的な因果関係の考え方による「外的刺激要因に対する生体の防御反応」としてのストレスです。会社の経営状態が悪くなると血糖値が跳ね上がる糖尿病の社長さんというのもよく聞く話です。一見、ストレスに強そうと評価される筆者も、数十年振りに学生に戻った大学院では試験のたびに過敏性大腸炎で悩まされました。

参考:N10SHの職業性ストレスモデル

N10SHの職業性ストレスモデル

セリエは、こうしたストレスを引き起こす要因をストレッサー(経営不振や試験)、その結果引き起こされる反応をストレス反応(血糖上昇や過敏性大腸炎)と呼んだのです。セリエの定義は、 どんなストレッサーでも同様の反応が起こる(非特異的反応)というものでした。しかし、試験を受けている同級生がみんなトイレに駆け込んでいるわけでもありません。

この状態への説明として個人差や緩衝要因等を組み込んだ形で発達してきたものの一つが、IOSH(National lnstitute Occupational Safety and Health)の職業性ストレスモデルです。

しかし、試験を受けている同級生を見回してみると、ストレス反応どころか平然としている人もいます。こうした人たちは何のストレスもないのでしょうか? そうした疑間に答えるもう一つの流れがリチャード・S・ラザルス(Richard S.Lazarus)らに代表される、ストレスの二方向的な処理過程としてのプロセスを重視した相互作用モデルです。

このモデルにおいて、ストレスとはその人自身が環境との関係において、負担や脅威を感じ“対処”が必要だと“評価”されるものだとされています。つまり、「重大なストレスとは時には危機とも呼ばれるもの」ではありますが、一方では「自分たちがそれまでもっていると思ったこともない適応的な対処の原動力を引き出してくれるもの」でもあるのです。

身近な例に当てはめてみましょう。

参考:ラザルスの相互作用モデルと試験勉強

ラザルスの相互作用モデルと試験勉強

一見すると平気な顔をして試験を受けている友人は、ストレッサーである試験を「これはなかなか手ごわいぞ」と感じたものの(認知的評価)、試験勉強をきちんとしているので(問題解決的対処)、平然としています。外からはわかりませんが、それはストレスがないわけではなく、対処の結果であると考えられます。認知的評価までは同じだとしても、家事や仕事を言い訳にして、肝心の試験勉強をせずに「駄目ならまた受けたらいい」と自分に言い聞かせている筆者(情緒的対処)とはちょっと違うのです。

日々の出来事にストレス理論を活用しよう

看護師においてストレスの定義は諸説ありますが、 どの立場がよいとか悪いとかではなく、みなさんの置かれているストレスフルな状況を理解する一つの視点だと思い、活用してみてはいかがでしょうか?

ちなみに私は、試験のたびに起こるいろいろな反応は、 自分自身に気づかせてくれるサインとして捉えていました。そうして自分を冷静に見つめてみると、ストレッサーやまわりの環境の考え方にも変化が出てきます。前述の同様の状況であっても、「十分ではないけれど効率的な準備ができている」とか「子どもたちも協力してくれて今回は勉強時間も増えている」というふうに。

そうすると不思議に身体症状も軽くなってくるのです。残念ながら、何度受けても試験は楽しいと感じるまでには至りませんでしたが、 日々の出来事に応用してみたら、少しずつ楽しく感じることができるかもしれません。

まとめ

文中の事例のような看護師は、身体症状をすべてストレスのせいにしてしまう風潮が強くなってしまうのも考えものです。周囲の人とも相談しながら、気になるメンタルヘルス対策への対策のために早めの受診も大切です。

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