看護キャリアアップに最短距離で到達しようとする看護師

専門看護師、認定看護師が生まれて10年あまりたち、看護師を目指す若い人たちにとっても「新しい看護のキャリア」として夢を与えてくれる存在になっています。

早い時期から目標を明確にもつことはよいことです。しかし、「最短距離で目指すキャリアに到達することが何より大切」といった行動をとる看護師は、時に周囲を困惑させるのはなぜでしようか。

新人や看護学生の頃から「私は○○の専門看護師になる」と夢をもって就職してくる若い看護師を目にすることが多くなりました。また、メディアの影響でしょうか、最近救命救急に関わる仕事をしたいという看護師が増えてきています。若い看護師が夢に向かって努力している姿はみている側にまで元気を与えてくれます。

ただ気になるのは、そうした人たちに混じって、 自分の興味のある領域の研修には熱心に参加するけれど、それ以外のものには見向きもしない看護師が時に存在することです。また、冷静に当該看護師を評価した場合、その夢の実現はかなり困難だと思われる事例にも出合います。そんな時、周囲はどのように対応したらよいのでしょうか。

組織と看護師の二一ズのミスマッチ

看護キャリアアップに努力する看護師たち

あなたの病院でがん専門看護師を目指す3年目のA看護師(25歳)がいるとしましょう。彼女は将来に役立ちそうな研修会には自分の休みも返上して積極的に参加しますが、病院のキャリアラダーで規定された3年目対象の研修会には参加しません。

同じ部署で働く7年目のB看護師(29歳)は控えめですが、高い実践能力と終末期の患者への精神的ケアや家族看護の視点もあり、看護部からも高く評価されています。むしろがん専門看護師には、B看護師になってはしいと看護部は考えています。

B看護師自身は、看護部の評価はありがたいと感じており、進学することにも少し興味はあるのですが、A看護師に遠慮して黙っています。また、実は結婚を控えていて、30代前半には子どもも欲しい最短距離を目指す看護師いと考えています。

組織側との間のミスマッチは自滅へ

ここでのキャリア・ストレスは、二人の看護師の思いと組織側の思いとの間にミスマッチが起きていることが要因となっています。本来、キャリアは専門職としての看護師ー人ひとりが自分自身の能力、環境、ライフサイクル等々を考え、自らが自律的にデザインしていくことが理想といえます。

しかし、看護は「人」を対象とすると同時に多くの専門職とチームでケアを実践していく特性をもっており、常に人を含めた環境との相互作用の中で存在しています。そうした看護師という職業の「あり方」を考えてみると、看護師自身の思いだけを尊重してもうまくいかない構造がみえてきます。

臨床現場の看護師からは「上(組織の上層部)が私たちのこと(現場)をわかってくれない」という声をよく耳にします。周囲の評価を組織がどのように受け止め、本人の思いも尊重しながら、組織側のニーズとの折り合いをどうつけていくのかが大きな課題ともいえるでしょう。

キャリアは目指すもの?

キャリアにはいろいろな側面があります。専門看護師、ERで働く看護師等々、資格や働く場所を通して「なりたい自分」を明確にイメージし、その目標に向かって努力することは悪いことではないでしょう。

一方、 自律的なキャリア形成に関する著書によれば、「キャリアは目標ではなく習慣でつくられるもの」であり、「好きなことと向いていることは違う」と明確に述べています。

「多くの人がそうするが、最初に目標を立て、そこから逆算するキャリアデザインの仕方は実はまったく現実的ではない。なぜなら、キャリアは人との出会いや世界経済の動向など、様々な要素が複雑に影響し合いながらできあがっていくものだから」としています。

「自分がこれがやりたいと早くから決めて、そこにいたる最短の道を行くことが、理想のキャリアデザインではないのだ」というのです。

「世界経済の動向」などと聞くと看護の世界とは離れてしまうように感じるかもしれませんが、そんなことはありません。外国人看護師の問題や現在議論がなされている看護師の役割拡大等々、制度に関わることは大きな影響を受けています。また、身近な問題で考えると、資格認定や研修会にかかる費用を病院側がどれだけ負担してくれるかは、病院の経営状態にもよります。

その病院経営は、 日本経済・世界経済の動向の影響を受けています。つまリー般企業で働く人のキャリアと同じように、看護師のキャリアも状況に応じて柔軟に変化していくしなやかさが大切ではないでしょうか。

目標に縛られず、現実と向かい合う習慣を

それでは、前述のAさん、Bさんの二人の看護師の事例に戻って考えてみましょう。具体的に、このような状況において、二人の看護師に組織はどのような働きかけをするとよいのでしようか。

明確な目標をもって頑張っているA看護師に「専門看護師になるのは無理だと思うよ」「あなたよりBさんの方が向いていると思うの」などと、モチベーションが一気に下がるような関わりは禁物です。

夢や目標を達成するためには具体的にどのような能力が必要なのか。逆に、現時点で足りないのはどのような能力か。こういったことに向かい合う機会を、意図的につくることが大切です。

A看護師の場合、研修会で知識は増やせても、看護現場での実践が伴わなければ意味はありません。研修会で得られた知識を活かすためには、 どのような能力が必要でしょうか。

専門看護師でいえば、実践、調整、教育、 コンサルテーション、研究、倫理調整と6つの領域でバランスのとれた高い能力が求められます。自分の中に何が足りないのかを冷静に見つめる機会を習慣化することが大切なのです。

事例検討会に参加しない理由をA看護師に聞いてみたところ、「他の研修会と重なっていた」とのことです。しかしC師長は、別の理由があるような気がしています。そこでC師長は、「A看護師のモチベーションを落とすことなく院内の研修にも参加してもらうにはどうしたらいいのだろうか」と教育担当師長に相談しました。

そこで、A看護師が教育担当師長にもらした本音を耳にしました。

看護現場の実践がなければ意味はない

A看護師は技術面に不安があり、先輩たちの評価を気にして踏み出せない自分自身に気づいているというのです。

C師長はその話を聞いて驚きました。A看護師は、いつも自分の意見をはっきりと主張して、一度言いだしたら譲りません。先輩看護師たちも「3年目のくせに……」という思いをどこかでもちながらも、A看護師の言うことはすべて正論なので反論ができないのです。しかし、そうした思いがA看護師の苦手な領域の技術的な側面への厳しい評価につながっているのかもしれないともふと思いました。

人は誰でも苦手な領域と得意な領域があるものです。一人前の看護師になるまでには、そうした自分の苦手な部分とも向き合わなければなりません。そんなことを考えている時に、A看護師は患者さんの血管確保が困難だと簡単に諦めて、先輩看護師に頼む傾向があることも耳にしました。

その後、C師長はA看護師と面接を行い、その時の思いを確認しました。

彼女の返答は「(何回も針を刺すのは)患者さんが可哀そうだから」というものでした。確かにその通りです。でもいつまでも先輩看護師に頼むわけにはいきません。

そのうえ、A看護師は自分自身で専門看護師を目指すと公言している看護師です。広い領域でロールモデルとなることが求められることを確認の意味もこめて質問すると、A看護師は「点滴が苦手だと専門看護師になれないのですか?」と逆に返してきました。

その時のA看護師の追い込まれた表情に、C師長は言葉が詰まってしまいました。ぽつりとひと言、「別に点滴が苦手な専門看護師がいたっていいと思うよ。でもね、苦手なことにどう向かいあっていくのかは大切なことだと思うよ」と伝えるのが精いっぱいでした。

その後のA看護師は、少しずつではありますが、苦手な技術面にも挑戦する姿勢がみられるようになってきました。そして、いちばんの変化は、A看護師が3年目対象の事例検討会にも積極的に参加するようになったことです。

これまで彼女自身が「参加しても無駄だ」と言っていた会でしたが、今回の出来事がその必要性に気付くきっかけとなったのかもしれません。

管理者が支援しなければ成長しない

スタッフが時にはできない自分と向かい合い、苦手な問題から目をそらさないように、管理者が支援していくことが重要です。自分自身で立てた目標に縛られて苦しんでいるようなら、「方向転換や修正だって恥ずかしいことでない」と、そっと道をつくることもできるはずです。

キャリアは本来そうして創られるものだと気付くことができれば、 もっと皆が楽に、そして楽しく「看護職のキャリア」を歩むことができるのではないでしようか。

新しいキャリアのカタチが若い看護師に示され始めた昨今において、最短距離を目指す看護師も増えてくるでしょう。そのこと自体は決して悪いことではありませんが、組織側の思い。看護師ー人ひとりの思いやお互いの価値観を押し付けることなく、語り合う場が大切なのかもしれません。

ワーク・ライフ・バランス

前回の事例で、看護部から高い評価を受け期待されていたB看護師はどうなったでしょうか。これから結婚。出産という大きなライフイベントが控えているのに、進学という問題まで出てきました。看護の仕事は大好きなのでずっと続けたいとは思っていましたが、一度に大きな問題が重なったので少し混乱しているようです。

ストレス要因を整理する

B看護師が困ってしまっている原因は何でしょうか。少し難しい概念ですが、ラザルスのストレス対処モデル(図1)に当てはめて整理してみましょう。

ラザルスのストレス対処モデルとBさん(29歳)の事例

看護師は、肯定的な評価が自分自身にも生まれると,次への対処行動へも良い効果が期待される

今回の事例において、Bさん個人がもっている先行要件としては、29歳という年齢で自分自身の人生設計において、結婚・子育てを第一に考えているのか、将来専門看護師を目指していきたいと思っているのか。そして、個人的資源としては、自分自身の能力・技術・学歴に加えて、パートナーの理解と協力、その他の家族の協力と支援体制も重要です。

また、環境については、病院を始めとした周囲の環境(身近なメンターの存在、部署のメンバー構成。人員配置、有休取得率、夜勤回数等の労働条件、多様な働き方へのシステムおよびその利用者の存在、上司の期待と支援、同僚の協力体制、友人やその地域の社会的準拠枠)、その他社会資源(地理的条件、交通アクセス、保育。養育環境、介護の社会資源など)も含めて、その環境をBさん自身が害や脅威ととらえるのか、挑戦や利益ととらえるのかは次の問題(ここではワーク・ライフ・バランスの問題)のプロセスに影響を与えます。
ワーク・ライフ・バランスを尊重している看護師

すなわち、Bさん自身がもつ「結婚して、子育てしながら仕事を続けたい」という思いと、組織側からの「ワーク・ライフ・バランスをとりながらもがん専門看護師を目指してほしい」という思いが出合ったあと、そのプロセスの中で、Bさんはどのように自分自身の思いと環境との関係性の中で対処していくかが重要なのです。

現実を見つめて自己決定する

そこでBさんは、看護学校時代の部活の先輩に連絡をとってみました。その先輩は子育てをしながら専門看護師の資格をとった努力家です。専門看護師になるにはまず大学院に入学する必要がありますが、専門学校卒業の場合は大学院の受験資格をとること自体が大変です。その先輩は放送大学でコツコツと単位をとり、3年がかりで受験資格を取得したとのことでした。

大学院の受験資格取得に3年、大学院で2年、その1年半後に認定試験を受けることができたとしても、専門看護師の資格を得るのは7年後になってしまいます。

そんな先の話はBさんには想像もできません。彼女の苦労話を聞きながら、そんな素晴らしい先輩がいることに誇りをもつと同時に、「とても自分には無理だな」という気持ちが交錯してきました。

Bさんはその後、彼にこの話をするべきかどうか迷いました。彼は優しい人なので、 自分が資格を取りたいと言えば、 きっと反対はしないでしよう。しかし、 自分の夢のために周囲に迷惑をかけてしまうのは気がひけます。これから新しい人生をスタートする上で大きな制約になってしまうのが怖い気もします。

そんなもやもやとした思いを抱きながら、Bさんは看護学校時代の恩師の先生に相談に行きました。「どんな資格をとるにしても、自分自身がやりたい“看護”が明確にあるのかが大事」「目指すものが明確にないまま、“組織から評価されたからその評価に応えたい”といった中途半端な気持ちだと努力が続かない」と、その恩師には厳しい助言も受けました。

一方で、専門看護師はがん領域だけではないし、大学院に行かなくとも、6か月の教育期間で資格取得可能な認定看護師にも幅広い領域があることを教えてもらいました(Bさんは認定看護師とか専門看護師について耳にはしていたものの、そんな大きな違いがあることさえも知らなかったのです)。

組織からの要求と折り合いをつける

さて、Bさんは気持ちが揺れたまま、上司であるC師長の面接を受けました。年度初めの目標管理面接です。そこで改めて、C師長から専門看護師の受験を勧められました。Bさんの先輩のような苦労はしなくとも、大学院によっては受験資格認定の要件が緩やかになっている現状も丁寧に教えてもらいました。

Bさんは、 自分なりにいろいろと調べていく中で感じたことを、ありのままに伝えました。

「私が大切にしていた看護への姿勢を評価してくれたことはとても嬉しくて、素直にありがたいと思います。でもなんとなく、自分がやりたいことと違う気がしました。専門看護師として活躍している先輩のキラキラした表情をみているとうらやましいと同時に、 自分は明確な目標をもって毎日頑張り続けることができるだろうかと不安にも思いました。自分がいちばん大切にしたいことは、毎日の業務の中でも一人ひとりの患者さんやご家族に丁寧に向かい合い、自分にできる努力を少しずつ続けていくなんじゃないかなと気づきました。」

そんな思いを伝えると、「Bさんらしいわね」とC師長も理解を示してくれました。

数日後、Bさんは一部始終を彼に報告しました。「どうして事前に相談してくれなかったの?」と少し残念がられましたが、Bさんのすっきりとした表情を見てそれ以上は何もいいませんでした。

Bさんは決して、専門看護師とか認定看護師とかの夢を描いていないわけではありません。今したいことは、ワーク・ライフ・バランスをとりながら、 自分らしい看護を続けていくことなのです。

将来生まれてくる子どもの手が離れたら、 また別の目標ができるかもしれないと、心の中でこっそり考えています。

未来の自分の子どもちのためにも夢は持ち続けていたいとは思いつつ、今はまだその夢を探している途中なのかもしれません。

それぞれのワーク・ライフ・バランスを尊重する

仕事を継続していくうえで、人は様々なストレスに出合います。ライフサイクルの中で結婚。出産という大きなイベントを抱える女性が圧倒的に多い職種である看護師にとって、ワーク・ライフ・バランスは昔から象徴的な問題とされてきました。

いまや時代は変化し、独身女性にとっても、男性にとっても、ワーク・ライフ・バランスは職業継続においての大切な視点です。日本看護協会も2010年度は「働き続けられる労働条件・環境づくり支援事業」として、都道府県看護協会とともに「看護職のワーク・ライフ・バランス推進ワークショップ」を開催しています。

「看護職のワーク・ライフ・バランス推進ガイドブック」では、WLB(Work Life Balance)という略語まで登場する勢いです。

こういったことを主張できる風土
がやっとできてほっとする反面、 これまでの看護師の労働条件(夜勤や変則勤務、長時間労働等)では働きにくい子育て中や家庭の事情のある人「だけ」を優遇するシステムと誤解されていないかを危惧しています。

まとめ

本来、ワーク・ライフ・バランスという概念は、性別や年齢層に関係なく、働く人すべてにかかわる問題であり、お互いを尊重しあう風土があってこそ成り立つものではないでしょうか。

多様な働き方をシステムとして機能させるためには、何のための、誰のためのワーク・ライフ・バランスなのかを今一度振り返り、看護職皆が働きやすい環境をつくることが大切ではないでしょうか。

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