看護記録が語る繰り返される医療事故の悲劇

看護師の真摯で正直な対応が不可欠

問題を象徴する事件が(平成十六年十二月)新聞各紙に載っていました。二〇〇三年七月、ある県立病院で直腸がんの手術を受けた五十代の男性が、術後は順調に経過していたのですが手術の翌日、激しい腹痛を訴えました。医師はブスコバン(一般名臭化ブチルスコポラミン)やセレネース(一般名ハロペリドール)といった薬剤を投与するよう、看護師に次々と指示しましたが、患者の腹痛は治まりません。

夜中になって当直医は電話で看護師にドルミカムの静脈内投与を指示しました。看護師がドルミカムを注射した直後、患者は心肺停止状態となり、帰らぬ人となったということです。

看護師の責任になるのか

医者の指示どおりの投薬を看護師が忠実に実行しただけならば、その責任はどちらにあるのでしょう。さらにその際、先の「半筒」と「三筒」のように、いかにも紛らわしい指示が当直医から看護師に出されていて、投与量などが間違っていたとしたら、その責任も「勘違いした」看護師が問われるはめになるのでしょうか?

看護師が医師から電話で指示されて投与したという麻酔導入薬ドルミカムは元来、大変危険なクスリです。麻酔導入薬の名のとおりで、鎮静剤でも痛み止めでもありません。手術室などで患者の意識を完全に消失させる必要があるときにだけ使用する薬剤であることは言うまでもないことです。

保険適応も麻酔の導入と、集中治療室ですでに気管挿管中の患者を鎮静するという極めて特殊な目的にだけ認められています。添付文書にも、気管挿管の準備を行ったうえで、慎重に投与するよう明記されています。山之内製薬(当時。現アステラス製薬)の佐久間氏によれば、ドルミカムでは同様の事故がこれまでに幾度も起こっているとのこと。その証拠に、添付文書の注意書きは数年ごとにバージョンアツプされています。

「うるさい患者を黙らせるのにはよく効く便利な薬」という認識をもっている医者がこの薬剤を使っているとしたら、甚大な代償を支払う事態を招くのです。一九九八年のことですが、ある大学病院で脳外科手術を受けたときのことです。順調に経過していた二日目の夜、〃おとなしくさせるため〃に研修医によってドルミカムが投与され、呼吸停止の状態に陥ったのです。投与したのは臨床経験わずか四か月たらずの新米研修医。

もちろん気管挿管の経験もありませんでした。一アンプルを静脈内投与したことで患者の呼吸は停止し、案の定、蘇生に手間取り、結果、一命は取りとめたものの低酸素脳症で九年間意識がない状態です。つまり九年前の一九九八年にこの事故が起こっているのに、それから五年もたった二〇〇三年に先の県立病院での事故は起こっているのです。

医師が電話で看護師にドルミカムの投与を指示したということが事実なら、臨床現場で安易に使用されるべきではないというドルミカムの怖さの教訓はまったく活かされていないことになります。

看護記録が語る病棟の地獄

日本の医療は看護師さんの熱意と勤勉さに支えられています。一方の医者は、看護師さんが支えている医療の支柱を揺るがすことに専念しているように思える場合もあります。

相談を受けた医療裁判のなかに、病状が悪化する患者を医者の指示がないためにただ呆然と「看取る」しかなかったケースがあります。六十代の男性が心房細動で、ある公立病院に入院しました。ワソラン、アミサリン(一般名塩酸プロカインアミド)の静脈内投与で小康を得ていたのですが、翌日の昼過ぎになって血圧が低下してきました。入院以来二十四時間で内服投与されたワソラン六錠とリスモダン(一般名ジソピラミド)二錠が影響していたのだと思います。

看護師は医師に患者の容態を電話で報告しました。しかし、医師の指示は内服しているワソランを夕方から中止することだけ。お昼まではマンシェツトで九十くらいであつた血圧が、午後二時三十分には「測定不能」と看護記録に記載されています。やむなく看護師は自動血圧計で測定を試みた末、「22」などという数値が一応は記録されたようです。

その後、患者が夜の七時五十五分に病棟で心停止するまで、看護記録には血圧測定不能であった事態と、自動血圧計で二十なり三十なりのほとんど意味がない(自動血圧計が五十以下の血圧を測定するように作られているとは思えない)血圧の数値が「これ見よがしに」延々と、記録されています。

その間、医師の診察は一度もなし。マンシエツトで血圧が測定できなくなり、自動血圧計でも二十や三十の値しか測定できない状態の意味するところは、誰にとっても同様でしょう。これは想像ですが、日の前で命の炎が消えかかっている患者に昇圧剤の投与などの医師の指示がない状態とは、ただただ漫然と死に行く患者さんを「看取る」しかない状況だったのではないでしようか。

優秀なる看護師である読者諸兄姉も、病棟でこの公立病院の看護師が味わつていた地獄を容易に想像することができるでしょう。

全き人、その名は看護師

さまざまな不幸なアクシデントが病院では起こっているようです。が、その多くは同情を禁じ得ないものです。そしてほとんどの場合、その状況に居合わせた看護師の真摯で正直な対応が際立つように思えます。

マテオ・フアルコーネ

全き人の大切さ、仲間を裏切らないことがいかに重要かを説いた『マテオ・ファルコーネ』(プロスペル・メリメ)という短編小説があります。コルシカ島の義侠の人マテオ・フアルコーネはある日帰宅すると、官憲がお尋ね者を引き立てていくところでした。そして十歳の息子が不似合いな銀時計を持っているのを見つけます。

その理由を息子に問いただすと、官憲にもらつたとのこと。マテオの留守中に、官憲に追われ、逃亡中の男がいきなり息子の目の前に現れたのです。庭先の干草の山の中に隠れたのですが、後から男を追ってきた官憲に銀時計で買収され、居場所を教えてしまったのです。追われていた男は干草の中に隠れる前、息子に「かくまってほしい」と頼んで銀貨まで渡していました。

息子は銀時計に眼がくらみ、追われていた男を裏切り、官憲に売り渡したのです。この話を聞いたマテオ・フアルコーネは息子を森に連れて行き、お祈りをさせた後、自らの手で射殺したのでした。

約束を守らなかったからといって父親が息子を銃殺してしまうことは現実にはとうてい考えられません。しかし、当時の社会情勢では、「お金で簡単に買収され仲間を裏切る息子はこの先、もっとむごたらしい地獄をきつと見るに違いない」という父親の親心だったと解釈できます。

「人を裏切らない」という「信義」を保つことは、生きていくうえでの最大の道具、いや場合によっては身を守る武器だ、というのがマテオ・ファルコーネの信念だったのでしょう。

昔、ある日本人がアフリカで医師として働いていたときの話を新聞で読みました。あるとき、怪我がもとで腕が化膿し、切り落とさなければ死んでしまうという青年がいました。「腕を切り落とさなければならない」と医師が説明したら、「腕は切らない。片腕になるということは死んだも同然」と青年は答えたそうです。

「なるほどそうか」と医師は納得したということです。″死んだも同然〃とは、決して感情的な表現ではなく、あまりにも厳しい当地の自然環境のなかでは、片腕を失った青年はこの先けっして生きてはいけないだろうと医師にも思えたというのです。日本では考えられない発想ですが、当時のアフリカの環境はそれほど厳しかったのです。

『マテオ・フアルコーネ』で描きたかったのは、「人を裏切らない信義」とは「人間はそうあるべきだ」といつた「道徳」や「倫理」という生易しい教訓ではありません。かってのアフリカでの青年の片腕のように、「信義」とは、「生きていくうえでの必要欠くべからざる道具」であり「力」なのです。

まとめ

看護師を含めた我々医療人が病院社会で生き抜くためにも、こういった「信義」は必要欠くべからざる「力」なのではないでしようか。

では、看護師にとって、この「裏切らない」相手とは誰なのでしょう。医師や病院なのでしょうか。それとも患者さんを裏切らない、ということなのでしょうか。

嘘はばれないかもしれません。しかし自分を編すことはできません。自分を信用できなければ、世の中にはほかに何も信じるものはないのです。どんなときでも、何があっても信義を守らなければならない相手とは、「自分」だと思います。

※この記事を読まれた方は、ぜひ下記の記事も合わせて読んでみてください。

SNSでもご購読できます。